総理 岡田啓介の憂鬱 Doomsday Armageddon

1954年 ユトランド半島上陸戦−ICBM発射!

1954年の欧州情勢である。昨年の西欧・北欧攻略戦の結果、ノルウェー、スペインが独立傀儡となった。その他リビア・イスラエルも独立した。
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欧州地図では、大独逸帝国は多くの領土を保持するのだが、昨年、ついにターンオーバーとなり主導権を失い、守勢にたたされている。それで、今年は、東部戦線において大攻勢をかける必要がある。

諜報部によれば、大独逸帝国は歩兵200個師団、戦車30個師団、戦闘機30、爆撃機13、戦艦3、空母3、小型艦143の戦力を保有している。この戦力では、攻勢にでなくても、守勢をつらぬけば、負けない戦争をすることはできる。まだ油断はできないだろう。

兵器革命到来 

1954年になると、兵器の改良より、兵器革命となってきた。ジェット化、ミサイル、原子力は、兵器を劇的に変化させるものとなった。戦術思想も変える必要がありそうだ。

○改良型ターボジェット:ジェット化は過渡期を終え、本格的装備になった。戦闘機「火龍」の開発が完了。護衛戦闘機・艦載機となった。画像からMe262大型化ではなく、F86セイバー型と見られる。加えて、大陸横断戦略爆撃機「飛鳥改」は航続距離が3000Kmとなり、欧州全土をどこからでも爆撃できるようになった。
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○ミサイル:対地、対空ミサイルの登場で攻撃力が増した。対地ミサイル装備の近接攻撃機(ここではF1だが、ユニット画像は「火龍」)空飛ぶ戦車並である。
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しかし、一方対空ミサイルSAM(対空+50)の登場で敵地での制空権が簡単に取れなくなった。本土を戦略爆撃するにも、最前線で「地上攻撃」するにも、うかつに攻撃すると全滅するようになった。(Data Wiki TIPSによると対空戦闘のの修正があったらしい。)

ただ、対艦ミサイルにおいてはDATA化されてはいない。それが残念である。現代型駆逐艦、巡洋艦に何度も遭遇したが、戦艦の砲射程に負けるため、HOI2では艦船の革命はおきず、戦艦がまだ現役であり有効である。加えて原子力推進のおかげで8000Km!の航続距離で長期間の作戦を行うことができるようになった。

しかし、海軍の主力「現代型空母」は海戦での戦闘の優位性は変わらないが、現代機動部隊の手段のひとつ、空母艦載機による奥地の敵陸上基地・兵力への攻撃ができない。「沿岸砲撃」は戦艦の役目であり、それより一歩進んだ「現代型空母」による地上攻撃ができないのは残念である。

○ヘリボーン:空中騎兵軍のスピード(14)には驚嘆する。西部戦線において、攻撃終了後すぐに到着するほどの速さである。空挺軍も捨てがたいが、上記の理由で制空権を取るのが難しいため、空中騎兵軍を使えば戦場での進撃は革命的になるであろう。

ICBM発射!

兵器の革命と言えば、このICBM(大陸間弾道弾)である。なんど鹿児島よりベルリンまで届いてしまうのであった。将来宇宙ロケット発射基地になる鹿児島の種子島から5発発射した!
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1954年 10月 3日 13:00 : 我軍が ベルリン に戦略爆撃を敢行し IC 8.47 , 希少鉱物 5.83 , 鉄鋼 3.28 の損害を与えました。
1954年 10月 3日 13:00 : 我軍が ベルリン に戦略爆撃を敢行し IC 8.72 , 希少鉱物 5.17 , 鉄鋼 4.73 の損害を与えました。
1954年 10月 3日 14:00 : 我軍が ポツダム に戦略爆撃を敢行し 交通網 99.00 % の損害を与えました。
1954年 10月 3日 14:00 : 我軍が ドレスデン に戦略爆撃を敢行し IC 6.00 , 希少鉱物 3.43 , 鉄鋼 2.27 , 石炭 4.83 の損害を与えました。
1954年 10月 3日 18:00 : 我軍が シュヴァインフルト に戦略爆撃を敢行し IC 2.97 , 希少鉱物 1.00 , 鉄鋼 2.00 , 石炭 2.37 の損害を与えました。

文字どおり大陸を横断して戦略爆撃を行った。恐るべき兵器である。防御手段はない。これに核が積めたら史上最強の兵器となる。まさに兵器の革命である。

 ユトランド半島上陸−デンマーク攻略

さて、広大な領地を持つ大独逸帝国に対して、攻略ルートは多い方が良い。敵が戦力を一方に集中したら、戦線が薄くなる場所へ迂回攻撃しやすいのである。

そのため、西部戦線、東部戦線に加えて、北部戦線を構築するため「ユトランド半島」に上陸する。ノルウェーからデンマークへ。デンマークの攻略はベルリンへの最短距離でもある。ノルウェーを攻略した「北欧方面軍」を上陸させる。上陸、進撃に問題はないが、警戒すべきは、大独逸帝国海軍の出撃があるかもしれない。

 デンマーク沖海戦−史上最大の海戦

陸戦隊は「オールボー」に上陸、そのまま南へ攻略、「コペンハーゲン」を占領した。上陸作戦そのものには何の抵抗もなかったが、思わぬ大ドイツ帝国海軍の攻撃があった。その数192隻!聯合艦隊は全ての艦隊をここ「ヘルゴランド湾」に集結させた。
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1954年 4月 27日 15:00 : ドイツ 艦隊に ヘルゴラント湾 海域で攻撃を受けました。
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1954年 5月 11日 16:00 : 我が国の艦隊が ドイツ 艦隊と ヘルゴラント湾 で海戦を行い勝利しました。 以下の艦艇が撃沈されました!ドイツ - KMS Barbarossa(空母), 31. Truppentransporterflottille(輸艦), 32. Truppentransporterflottille(輸艦), 5 海上輸送隊(輸艦), 7 海上輸送隊(輸艦), 34. Truppentransporterflottille(輸艦), 49. Truppentransporterflottille(輸艦), 19 海上輸送隊(輸艦), 5. Truppentransporterflottille(輸艦), 1 海上輸送隊(輸艦), 10 海上輸送隊(輸艦), 59. Truppentransporterflottille(輸艦), 15 海上輸送隊(輸艦), 8 海上輸送隊(輸艦), 38. Truppentransporterflottille(輸艦), 4. Truppentransporterflottille(輸艦), 56. Truppentransporterflottille(輸艦), 4 海上輸送隊(輸艦), KMS Richthofen(空母), 42.Truppentransporterflottille(輸艦), 65. Truppentransporterflottille(輸艦), KMS Sudhannover-Braunschweig(戦艦), KMS Friedrich der GroBe(戦艦), 61. Truppentransporterflottille(輸艦), 63.Truppentransporterflottille(輸艦), 28. Truppentransporterflottille(輸艦), 35. Truppentransporterflottille(輸艦), 18 海上輸送隊(輸艦), 58. Truppentransporterflottille(輸艦), 55.Truppentransporterflottille(輸艦), 12 海上輸送隊(輸艦), 66.Truppentransporterflottille(輸艦), 57. Truppentransporterflottille(輸艦), 8. Truppentransporterflottille(輸艦), 14 海上輸送隊(輸艦), KMS Hildebrand(重巡), 46. Truppentransporterflottille(輸艦), KMS Prinz Eugen(重巡), 50.Truppentransporterflottille(輸艦), 45. Truppentransporterflottille(輸艦), 53. Truppentransporterflottille(輸艦), 29. Truppentransporterflottille(輸艦), 44. Truppentransporterflottille(輸艦), KMS Thuringen(戦艦), 11 海上輸送隊(輸艦), 43. Truppentransporterflottille(輸艦), 47. Truppentransporterflottille(輸艦), 48. Truppentransporterflottille(輸艦), 6 海上輸送隊(輸艦), 37.Truppentransporterflottille(輸艦), 6. Truppentransporterflottille(輸艦), 7. Truppentransporterflottille(輸艦), 36. Truppentransporterflottille(輸艦), 52. Truppentransporterflottille(輸艦), 30. Truppentransporterflottille(輸艦), 13 海上輸送隊(輸艦), 3 海上輸送隊(輸艦), 17 海上輸送隊(輸艦), 20 海上輸送隊(輸艦), 2. Truppentransporterflottille(輸艦), 39.Truppentransporterflottille(輸艦), 51. Truppentransporterflottille(輸艦), 41. Truppentransporterflottille(輸艦), 9 海上輸送隊(輸艦), 60. Truppentransporterflottille(輸艦), 62.Truppentransporterflottille(輸艦), 33. Truppentransporterflottille(輸艦), 2 海上輸送隊(輸艦), 40. Truppentransporterflottille(輸艦), KMS Parsifal(空母).

2週間!にも渡る史上最大の海戦に、非常に興奮したのだが、戦果のほとんどは輸送艦というオチであった。それでも一瞬フリーズしたかと思った上記の戦闘結果を詳細にチェックすると、空母バルバロッサ、リヒットホーフェン、パルジファル 戦艦ブラウンシュバイク、チューリンゲン、フリードリヒ・デア・グローセ 重巡3 輸送艦63隻を沈めたのはこれまた、史上最大の戦果である。しかし一体この輸送艦は対米上陸用だったのだろうか?とにかく、これで敵の主力艦戦艦、空母は全て撃沈した。

 青号作戦 スターリングラード攻略戦

ルーマニアは攻略完了した。プロエスティ(油45)を占領し、大独逸帝国の石油供給を押さえたことで、当初の目的を果たした。さらに「東欧方面軍」は、いよいよ、広大な旧ソ連地域の制圧を次の目的とした。

まず青作戦として、「スターリングラード」を攻略する。スターリンはもういないが・・・。左翼を満州軍、中央を印度軍、右翼を国民党軍で攻略する。参加兵力200個師団である。通常なら大独逸帝国陸軍に歯が立たないが、「51年式歩兵」と技術的には追いついているので、この方面はひたすら数だけで押す。戦術もなにもないが、確実ではある。
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大亜細亜共栄軍はソ連軍のように、「縦深戦術」の形となった。敵に間断なく攻撃をし続け押していく。ドイツの電撃戦と違い、包囲は考えずに、ただただ奥へ奥へと前進する。この方面では大独逸帝国本土より遠く、この戦術は成功するだろう。

 台風作戦 モスクワ攻防戦

1954年 5月 20日 3:00 : 陸戦部隊が ドイツ 軍を撃破し スターリングラード を占領することに成功しました。
「青作戦」は成功し、スターリングラード東側の戦線は総崩れとなった。そこで「青作戦」と並行して、機甲軍6個師団をもって、「モスクワ攻略」をハリコフ−クルスク−トゥーラ−モスクワのルートで「台風作戦」として攻略する。
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敵は、キエフ攻防戦において、ロンメル装甲軍団をぶつけてきた。そのため敵の戦力が西側に集中した。機甲軍は楽になり、モスクワ攻略においてへ着実に前進した。

1954年 7月 12日 13:00 : 陸戦部隊が ドイツ 軍を撃破し クルスク を占領することに成功しました。
1954年 8月 6日 15:00 : 陸戦部隊が ドイツ 軍を撃破し モスクワ を占領することに成功しました。

東部戦線は崩壊した。本国より遠いこの地では補充・補給が不可能になっているようだ。「縦深戦術」は成功し、深く深く戦線を突破し撃退することができた。東側側面の脅威がなくなった機甲軍は冬が来る前にモスクワを落とすことができた。
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(青色の線が作戦前の最前線)

 オ号作戦−東プロイセン攻略 

東部戦線の戦線はあちこちで崩壊した。敵はもはや戦力の補充の時間も許されず、撤退につぐ撤退を強いられていた。ここで、機甲軍は、スターリングラード包囲戦以上の兵力を東側にて包囲殲滅するため、「東プロイセン攻略」作戦を発動した。目標ケーヒニスベルグ。
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大包囲網が完成した。最低20個師団は包囲されただろう。冬季になると、流石に防御側の有利になり、全戦線での前進は一旦終了である。東部戦線での作戦は大成功を収めた。

1954年末の大独逸帝国の戦力は諜報の結果、歩兵師団152、戦車18、戦闘機17、爆撃機12、戦艦0、空母0、小型艦134この一年間の戦闘で歩兵約40個師団、戦車20個師団を撃滅したことになる。この時点において岡田は勝利を確信した。
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欧州戦線は長い戦いを終え、千年続くといわれた一つの帝国が終焉を迎えようとしていた。

1955年 神々の黄昏 大独逸帝国の終焉


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3541d)