総理 岡田啓介の憂鬱 Doomsday Armageddon

第三次世界大戦勃発!

 昨年「ソ連脅威論」を掲げた岡田であったが、欧州では評判が悪く、あいかわらず反乱祭りである。その結果、国内(コメント欄)でも憂慮の声があがり、岡田は憂鬱になった。最近暴走気味であろうか?考えすぎなのであろうか?しかし政治家は常に最悪を考えるのである。惑わされてはいけない。

戦争準備

さて「世界の平和を脅かすソ連」の戦力分析である。「北ユーラシア大陸を圧政下に置くソ連」は8つの軍管区にわかれており、特に「大いなる野望をもって欧州制覇を狙うソ連」は、アルハンゲリスク軍管区、ウラル軍管区、沿ボルガ軍管区に全軍の7割を置いていると予想される。

その「世界制覇のための尖兵ソ連軍」は、多点同時突破と複数梯団の浸透突破による飽和攻撃をドクトリンにしていると考えられる。過去帝国陸軍が行った第一悌団、第二悌団、第三悌団などの生易しいものではなく、さらに第四、第五と続くであろう。この赤いカーテンに隠された、国境の後ろに待機するであろう作戦機動団(OMG)による無停止攻撃は猛烈なものとなるであろう。見えないだけに非常に恐ろしい。
map1.png

しかし手をこまねいてはいられない。このままでは、欧州方面は守りきれない。欧州、いや世界は「極悪非道な大悪魔ソ連」によって支配され、自由はふみにじられるであろう!家は焼け、畑はコルホーズ、君はシベリア送りだろう。

そこで、欧州以外の戦線で攻勢にでることにした。

関東軍復活

「ソ連脅威論」の唯一の理解者が、満州の関東軍なのも憂鬱であるが、非常に乗り気であり「関東軍特殊演習」を引き出してきた。

第1方面軍 軍司令部 石原莞爾大将 9個師団
         第2軍 上月良夫中将   3個師団
         第3軍 内山英太郎中将  3個師団
         第4軍 川邉正三中将   3個師団

第2方面軍 軍司令部 東条英機大将 9個師団
         第20軍柴崎惠次中将  3個師団
         第21軍波田重一中将  3個師団
         第22軍山田乙三中将  3個師団
         第23軍田中久一中将  3個師団

対ソ戦回避のため、各戦線に兵力をとられ、守備隊のみだった関東軍は、存在意義を見出したのか、新たに再編されることになった。有り余るICを利用して、完全自動車化された歩兵で2個軍と満州軍を予備を加える。
kan.png
まずは、第一目標ウラジオストク周辺(14)を攻略、その間はモンゴル付近で西からの増援を食い止める。その次が第二目標オホーツク(1)、ヤクーツク(1)とモンゴルを制覇する。シベリアはインフラが低くて移動が大変だが、ソ連国境沿いはインフラが高い。これをシベリア鉄道と考え、「シベリア打通作戦」を行い西へ向かうという作戦である。(カッコ内はVP)

NATTO軍、中東軍方面軍

NATTOの防衛方針は三本柱、国境守備のロシア軍(白色)、第一防衛ライン(ヴォルガ川)の帝国陸軍主力(赤色)最終防衛ライン(緑色)である。最終防衛ラインを超えられると戦術核の使用しかない。
natto.png

そこで注目すべきは、トルケスタン軍管区(中東方面軍)である。ほとんど敵軍がいない。欧州で守りに徹している間、中東方面軍はエアランドバトルつまり、空と地上から敵地の後方深くまで攻撃を行い、第二、第三梯団の無力化による継戦能力の破壊によって欧州方面のソ連軍進撃を撃退するという作戦である。かなり兵力を強化してある。

空中騎兵軍 第1騎兵軍 朝香宮鳩彦王大将   9個師団
         第2騎兵軍 東久邇宮稔彦王大将  9個師団
         第3騎兵軍  閑院宮載仁親王大将 9個師団

機 甲 軍 軍司令部 山下奉文大将 司令部
        第1機甲軍 西竹一大将  9個師団

機動歩兵軍 第40軍酒井隆中将 機械化歩兵3個師団
        第41軍百武晴吉中将 機械化歩兵3個師団
        第42軍西尾壽造中将 機械化歩兵3個師団
        第43軍酒井隆中将 機械化歩兵3個師団

長距離爆撃は戦略ロケット軍ICBM通常弾頭40発を保有、戦略爆撃にてICを削る。

ポーランド動乱 

さて、準備は整った。ところで「世界平和を脅かすソ連」とは違い、全世界を圧政下から守り解放してきた我が大日本帝国は、占領政策として、随時自領地解放を行っていた。こうしてアフリカ、欧州では様々な国々が次々と独立した。そしてポーランドの番になったのだが、すると、大変なことが起きてしまった!

1958年 2月 24日 5:00 : ポーランド は 日本 より独立しました。
1958年 2月 24日 5:00 : 日本 により, ポーランド は傀儡国家となりました。

1958年 2月 24日 5:00 : ソビエト連邦 で Soviet Support to the Uprising が発生しました。
1958年 2月 24日 5:00 : ポーランド が 日本, 満州国,以下略 との軍事同盟から脱退しました。
1958年 2月 24日 5:00 : ポーランド は ソビエト連邦 &モンゴル の軍事同盟に加盟しました。
1958年 2月 24日 5:00 : ソビエト連邦 により, ポーランド は傀儡国家となりました。

懸念したことが起きてしまった。ポーランドにおいて共産革命が発生し、我帝国の同盟をはずれ、ソ連の傀儡政府ができてしまった。やはり岡田が昨年より訴えていた、ソ連が裏を引いていたことの何よりの証拠である。もはや一刻の猶予もならない!

岡田は直ちに、「欧州平和宣言」を全世界に伝え、NATTO軍、軍事演習「ワルシャワの春」を発動した!

「これはたんなる防衛行動に過ぎず、共産主義陣営の覇権主義の後押しを受けたボルシェビキ勢力の野望に直面して、NATTO軍はやむなく行動をとらざるを得ませんでした。」

「かねてから明らかなように、ボルシェビキ勢力は世界制覇の第一段階として、武力によるロシア統一とそれにつづく欧州支配へと動きだしたのです。NATTOの解体と大日本帝国の破壊をめざした最初の行動としてポーランドを侵略するという確固たる意図を抱き、それを実現しました。一刻の猶予も無く主謀者を裁かなければ、欧州の永続的な平和の望みは全て絶たれるでしょう!」

デフコン2が発令され各戦線は緊張した。まずNATTO軍の動員令は・・・必要ない軍事国家なので。あわただしく開戦準備が進む。すこし他の国々に同調がないか様子を見る・・・。動きはない。軍事演習「ワルシャワの春」が開始された。北からスペイン、南からイタリア、西から帝国陸軍、東からルーマニアが介入した。大軍では影響が大きいので、1個軍3個師団で侵攻・・・もとい介入した。

 開戦

1958年 3月 1日 7:00 : 日本 は ポーランド に対して宣戦布告しました。
1958年 3月 1日 7:00 : 満州国 は 日本 陣営として参戦し, ポーランドに宣戦布告を行いました。以下略
1958年 3月 1日 7:00 : ソビエト連邦 は ポーランド &モンゴル 陣営として参戦し, 日本, 満州国, 中国国民党・・・以下略, に宣戦布告を行いました。
ポーランドの反乱分子は鎮圧され、欧州の平和の危機は守られた。しかし、非常に遺憾ながら、「全世界の平和と自由の敵ソ連」は大日本帝国の正当な介入に猛烈に異議を唱え、それを理由にして開戦してきた。

AFCENT 中欧連合軍司令部は、直ちに各航空艦隊を、北部軍集団 NORTHAG モスクワと、中央軍集団 CENTAGスターリングラードに配置。制空権を全力で守る。その数30個戦闘機部隊。

air.png
1958年 3月 5日 17:00 : 航空隊が エンゲルス にて敵編隊を迎撃しました。
1958年 3月 5日 19:00 : 我が軍の航空隊が ソビエト連邦 軍と エンゲルス 上空で交戦し勝利しました。

ソ連空軍は迎撃機が主力であるようだ。あの航続距離では広い欧州戦線の制空権をとることはできないだろう。さらに偵察を試みる。
war.pngwar1.png
左が開戦前、右が開戦後である。・・・第二悌団は?OMGは?おまけに国境の戦力が減っている・・・。これは驚いた!国境の兵力の後ろはからっぽである。交戦情報からなんと、敵主力は歩兵である。一つも機械化されていない!自動車化もされていない!なんと歩いているのである。歩いて無停止攻撃??

それでもNATTOのロシア軍は兵力差で退却を開始した。しかしソ連軍の進撃速度はあまりにも遅い。ちなみに敵兵力の詳細は、狙撃兵師団は51年式歩兵、戦車はT62である。

開戦すぐに、制空権は大日本帝国が握った。続いて「進撃阻止」で攻撃中である。敵の空軍の主力も上記にあるとおり「迎撃機」SU−9フィッシュポットである。空戦能力は高いが極端に航続距離は短い。攻撃力重視の軍がこの機種を配備するだろうか?

war2.png
なんたることだ!ソ連は第二次世界大戦で大活躍した「機械化・運動戦」から、第一次世界大戦の「歩兵、陣地戦」へと逆戻りしている。2ヶ月もかかってやっと第一防衛ラインに届き、すでに消耗している。

ただ、なぜか戦略移動をしたのか、極東に大軍があらわれ、関東軍が押され、満州が危機にさらされているのは、関東軍のふがいなさやらで頭が痛い。
mansyu.png

岡田は混乱していた。もしやソ連軍はドイツに負け講和を結んだ後に、敗戦弱小国家によくある歩兵大量生産、迎撃機大量生産の防衛戦術をとっていたのでは・・・。

いやいや、それこそ敵の陰謀である!欧州方面の攻勢と見せかけて実は、満州を狙っていたのだ!なんとう卑劣な!直ちに中東方面軍には、当初の防御作戦、エアランドバトルを変更し、敵首都攻略に全力を向けるようにした。来年はいよいよ大決戦である。

1959年 ソ連邦崩壊、審判の日


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3541d)