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至るまで

 1920年の大国民議会設立以降、新生トルコ共和国の最高権力者として豪腕を振るい、トルコの近代化と西洋化をはかってきたムスタファ・ケマル=アタテュルクでしたが、その立場は決して完全なものではありませんでした。

 トルコ国民の多数から、救国の英雄として絶大な人気と支持を集めていましたが、その一方で、彼の改革によって既得権益を失った旧権力者層や、国内に残存する狂信的イスラム教徒を中心とした宗教勢力など、少なくない敵を国内に抱えていたのです。

 外交面でも、共和国立ち上げの段階で有形無形の支援を受けていたソビエト連邦とは友好関係を築いていたものの、歴史的要因に加え、ソ連の友好国であるという事実から、英仏を中心とした欧州主要国家群とは冷たい関係が続いていました。

 概ねケマルを支持している国民も、歴史的にも怨敵であり宿敵と言って良いロシア人国家とのみ友好関係を築いていることは、前大戦前後の経緯からやむを得ない面もあるにせよ、歓迎するべき状態ではないとするのが一般的な傾向だったのです。

 そんなところに水面下から接近してきたのが、ヒトラー政権下のドイツでした。*1

 ベルサイユ条約を破棄し、外交的孤立を深めつつあったドイツにとって、潜在的にロシア人への反意を抱き、地政学的重要性を備えたトルコは、何とかして友好・同盟国へ引き入れたい国家でした。

 当初は正常な外交交渉での実現を図っていましたが、ケマル率いるトルコ政府には、ドイツとの同盟を受ける考えなど全く無いことを知ると、速やかに路線変更を行いました。

 巧みな宣伝放送で、旧トルコ帝国の栄光の記憶を大衆間に呼び覚まさせようとすると共に、内治一辺倒のケマル政権に対する婉曲な反宣伝を行い、少しずつトルコ国民の意識を、大国志向・帝国主義へと誘導していったのです。

 それに並行して、オスマン帝国のスルタンの血縁者たちをドイツに迎え入れ、手厚い保護を与え、ドイツと共に新時代を築くに足る人材を発掘しようと試みました。



 かくして、オスマン帝国復興への道筋は引かれたのです。

 1936年1月1日、ドイツの支援を大々的に受けつつ、若きアブデュルハミトはイスタンブール国際空港へ降り立ちました。

 ドイツ宣伝省主催の虚実取り混ぜた宣伝活動によって、既にかなりの数の国民の支持を得ていた彼は、大きな声援と共に迎え入れられたのです。

 同日、反ケマル派の諸勢力が大同連合し、首都アンカラで大規模なデモ行進を行いました。

「イスラムを蔑ろにするケマルを排除せよ!」

「トルコ人はかつての栄光を思い出せ!」

「ドイツと共に、再び世界の大国の座を取り戻すのだ!」

 様々な唱和はすべて、偉大なるオスマン帝国を復興させることを望むものでした。

 ケマルは冷静に、しかし沈痛にこの情景を受け止めました。愛国者たることに誰譲ることの無い彼にとって、この要求を拒絶することで再び内戦が勃発し、トルコ人の血が流れることは耐え難いことであったのです。

帝国復興.jpg

 翌日、ケマルはトルコ共和国大統領の座を退くことを発表しました。

 後任には、アブデュルハミトと共に降り立った、ドイツのひも付き後見人 タラート・パシャが即日選任。

 そしてその上位者にして国家元首・最高指導者として、若きスルタン・アブデュルハミトが即位したのでした。

復活.jpg

 こうして、ケマルは失脚し、ドイツと軌を一にするファシズム帝政国家が出現したかに見えたのですが……

 このスルタン、かなりの難物であり、そう易々と他国の手先になるような人物では無かったことがやがて明らかにされていくのです。
 

AAR概要

なーんて、のっけからかなり無茶な想定でもって開始されたこのAAR。

オスマントルコ帝国復興MODなるものを、wiki見てたらふと見つけたので、ちょいとやってみることにしたわけであります。

どうも作者氏のAARは完全停止状態にあるようだしね。一つ何かのきっかけになればと思いつつ。

http://hayasoft.com/hiko/paradox/other/source/up1008.zip

MODのアドレスはこちら まだ未完成なのかいな?

一応イベントテキストはざっとのぞいてみたけど、

実プレイでどうなるのかは全く未体験な行き当たりプレーなので、

何が起こっても泣かないくじけないをモットーにやっていこうと思う。

環境

日本語版DD1.2

難易度:普通

AI:過激

オスマン帝国復興MODの他に、MOD等は無し 

MOD内変更点

1 ドイツがオスマントルコに技術提供するようにAIを設定変更

2 トルコ共和国の将帥がオスマン・トルコでも登場するように設定

3 アルファベット名な一部研究者の名前をカタカナ表記に変更

では、オスマン帝国の行方を共に見守ろうではありませんか。

目次

オスマン1936 帝国復活とブルガリア危機

オスマン1937 アドリア海への進出と中国動乱

コメント欄(MODの改修要望など、全般的なことはこっちに。MOD作者氏降臨キボンヌ)

  • どうやったら1936年でオスマン帝国復活なんて無茶が通るのかと想定してったのが序段の文。いくらかでも歴史的リアリティをかもし出さていると感じていただければ大謝なりです -- 筆者? 2006-12-18 (月) 12:24:19
  • 帝国ばんざーい! ところで普通にオスマン帝国独立させてもスルタンはアブデュルハミト2世なのかな? -- 2006-12-18 (月) 13:08:17
  • スルタンかどーかはともかく、閣僚は独立させた国の政治体制次第じゃないかな。 -- 2006-12-18 (月) 15:13:32
  • ここにでてくるアブデュルハミト2世は露土戦争のときのとはちがいますよね?さすがに -- 2006-12-18 (月) 17:13:27
  • イリニァニ復活ヲ切望ス。 -- 2006-12-18 (月) 17:22:18
  • ↑2 それはMOD製作者に聞いてクダサイ…… HOIのデフォルト設定では、オスマン帝国の君主らしき名前の国家元首は、アブデュルハミト2世しかいないぽいけどね。 -- 2006-12-18 (月) 20:19:51
  • コロンビアに太宰がいるゲームですから…… -- 2006-12-18 (月) 22:56:59
  • ↑2 あ、すんません MOD製作者だと勝手に思い込んでました   -- 2006-12-19 (火) 12:05:21
  • やっぱり、アブデュルメジト2世のことなのかな。 -- 2006-12-19 (火) 14:18:01
  • ↑アブデュルメジト2世とこの「アブデュルハミト2世」なる人物は -- 2006-12-19 (火) 18:28:52
  • ↑誤送信スマソ。アブデュルメジト2世とこちらの「アブデュルハミト2世」なる人物は明らかに別人。顔がぜんぜん違う。 -- 2006-12-19 (火) 18:29:57
  • いや、パラドのことだから顔写真は適当かも。色物国家だし。 -- 2006-12-20 (水) 01:20:39
  • すげーカッケーオッス!マン**コ帝国っすね。国家社会主義なんで同盟いいすか? -- ギリシアの中の人? 2006-12-20 (水) 18:50:56
  • 本当ならこの時期はメジト2世、44年8月23日以降はアフメト4世が正しいんだろうけど・・・・・、まあ史実じゃもう無い国だしなぁ。 -- 2007-02-12 (月) 22:36:56
  • 更新まだぁ? -- 2007-04-24 (火) 07:54:12
  • 楽しみにしてるぞ -- 2007-04-24 (火) 14:34:27
  • がんばれぇー -- 2007-04-24 (火) 18:22:27
#comment

*1 ヴィルヘルム・カナリス海軍大将率いる国防軍情報部の、トルコ国内における暗躍がいつから始まっていたのかは定かではない。確かなのは1934年の時点で、既に多数の情報源・内通者を抱えていたこと位である。

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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3725d)