栄光のフランスよ再び

1939年

1月

忘れず介入主義へ1ポイント傾けます。今回は忘れませんでした。
そして、今年からド・ゴールが研究陣に加わります。スキル7はフランスではトップクラスです・・・が得意な分野はイマイチ。
Fra_Gaulle.jpg
しかし、陸軍ドクトリンの研究を頑張ってもらうことにします(ちなみに、管理スキルが得意分野であるので産業系でも使えます)。
また、気づいたら中戦車の研究が終わっていたのでICの空きが出来次第ソミュアを生産していくことにします。

3月

チェコスロヴァキアがドイツとハンガリーに分割占領されてしまいました。
この選択肢だと結構な割合でチェコが戦争を行うと記憶していたのですが、今回は無条件で受け入れてしまいました。
少し先行きが不安になる出来事です。でも、これでまた「戦時体制への移行」が進み、実質ICが増えるのでとりあえず良しとしましょう。

日中戦争は見事なまでに停滞しているようです・・・かれこれ2ヶ月ほどプロヴィンスの色が変わるところを見ていません。

6月

イタリアとの不可侵条約が失効。これでいつでも攻められますがまだドイツが独立を保障しているためしばらく静観。
ふとドイツとの国境を見てみると何故か向こうに兵士がいません。我が国が連合国を抜けたからせめて来ないと侮っているのでしょうか。
悔しい・・・でも・・・

8月

ドイツがモロトフ・リッペントロップ協定を蹴るという想定外の出来事が。
30日はポーランド開戦に至りましたが、最後の戦時体制への移行イベントはスリープされてしまったようです。
しかし、これは独ソ戦の開始が早くなるかもしれないので我が国にとっては有益な事なのでしょうか。

9月

ドイツはペースはゆっくりしているものの確実にポーランドを侵食。
一方我が国では「大規模なストライキ」が発生し、おおよそ戦争とは縁の無い世界になりつつあります。
これだからアカはまったく(勝手に共産主義者のせいにする)。

10月

23日、史実より約1ヶ月遅れてポーランドは併合されました。
今後の動向が色々と心配です。

11月

ソ連がエストニアに宣戦布告し、ラトヴィアがエストニア側にたちソ連に宣戦布告。
リトアニアはとりえあえず静観に構えのようです。

12月

あっという間にケリがつくかと思っていたソ連のバルト三国志大戦ですが、日中戦争よろしく全く色が変化しない状況が再び。
ちなみに日中戦争はごくわずか日本がプロヴィンスをとったようですが、相変わらずの停滞状況。

1940年

1月

今年も忘れずにタカ派に1ポイント傾けました。
ソ連はようやくエストニアのプロヴィンスを3つほど占領。
12日、エストニア併合。残るラトヴィアをいつ占領するのか見物です。

2月

17日、ソ連はラトヴィアを併合。
Fra2_ganbare.jpg
ドイツ・ソ連に見事に包囲されたリトアニアの行く末も心配ですがそれ以上に独ソ戦の開戦がいつになるのかが心配です。

3月

ドイツはノルウェー・デンマークに宣戦布告。
デンマークは史実通りあっさり降伏。ノルウェーは首都を早々に占領されるものの頑張っているようです。
そういえば1940年からはマルティアル・ヴァランとやらが研究陣に追加されます。
どんな人かは存じませんがスキル6のうえ空軍ドクトリンを研究するにはもってこいの得意分野をもってます。
今まで空軍ドクトリン研究をスキル3で頑張ってくれてたフランソワなんとかさんには勲章の代わりに国王陛下から「あなたはこれからずっと(たぶん永遠に)ゆっくりと休んでください」との心優しいお言葉が送られました。

5月

ドイツがノルウェーを併合。
史実だとそろそろマンシュタインプランの時間ですが、独仏国境は平和そのもの。

9月

欧州戦線異常無し・・・さすがに何かしら次の展開がほしくなってきました。
とはいえまだドイツはイタリアに保障しています・・・パスタ野郎なんて放置していいとおもうよ・・・。

12月

陸軍を作りすぎたためか深刻な物資不足に悩まされております。
こんな時に頼れるアメリカ様もなぜか物資不足+我が国が気に入らないらしく、ケチになってきました。

1941年

1月

うっかり2日ほどスライダーの移動を遅らせてしまいました。
しかしまだ1月3日、正月の三が日なのでここは潔く諦める事に。
今年こそイタリアを併合、または対独戦を開始するとの決意を示すため独裁に1ポイント傾けます。
できれば内閣の面子を変えたいなぁと思ってみたのですが・・・軍需大臣がIC+10%の人物が登場したのみで、他の閣僚候補にはたいした変化はありませんでした。
しかしこれ以上独裁に傾けると王党派ではなくファシズムになってしまうので、独裁化はここでストップします。

ここ1年ほどドイツのイタリアへの保障がきれてないものかと見る日々が続きましたが、そのだるい作業からようやく解放されました。
イタリア保障はどうやら1941年早々に満期を迎えたようです。
と、いうわけで遠慮なく攻める事にしましょう。
イタリア国境にはこの日のために蓄えた兵士たちがおおよそ100個師団出番を待っておりましたので。
おそらく兵士達の心境も、私と同じでキタ━(゚∀゚)━!なのでしょう、きっとそうに違いありません。
開戦は1月10日としました。

さて、その前に我が国とイタリア軍の比較をしてみましょう。
Fra2_Hikaku1.jpg
まず陸軍ですが、これは文句無く相手を圧倒しています。
陸沿いの作戦に関してはあまり苦労する事はないでしょう。
Fra2_Hikaku2.jpg
そして海軍ですが、これは補助艦船の数違いからイタリアが優位を確保しており、
再び輸送船団を沈められるようなことになれば面倒な事になるかもしれません。
空軍?ああSS撮り忘れました、いや、空軍なんて飾りですよ偉い(ry
かあさん、くうぐんつかうの とくいじゃないから ごめんね ごめんね
しかし、陸軍余裕、海軍危険、空軍( ゚ρ゚)という私の予想は開戦後見事に外れる事になります。

10日、午前2時我が国はイタリアに宣戦布告。
同日7時にイタリア本国ならびにリビア・エチオピアに侵攻。
冬季ということもあり、イタリア北部ではやや辛い戦いが展開されましたが、圧倒的な兵力差ゆえ出だしは順調です。
1月末にはフィレンツェを占領。同時に電子コンピューターの研究が可能になりました。

2月

1日に先月末占領したフィレンツェをあっさり取り返されました。
やはり冬季侵攻には少し無理があったようです・・・戦力補充が30超えてる・・・というわけで急ぐ戦でもないのでじっくりいきたいと思います。
とはいえ相手はイタリア軍、かなりゆったり動いても2月末にはローマを占領。アフリカ戦線も軽戦車師団がベンガジに突入しようかという状況に。

3月

イタリア軍およそ20個師団を包囲殲滅しようとしたところ、イタリア軍に戦線の薄い部分をつかれ、再びフィレンツェを取り返されてしまいました。
Fra2_ita3gatu.jpg
これにより逆に包囲される危険が生じました。11人以上の戦闘で負けるとは情けない限りです。
しかし包囲していたヴェネツィアを3方向から攻撃し、そこを防衛していたイタリア軍およそ10個師団は降伏。
また、フィレンツェも無事とりかえし、逆包囲の危機からは一応脱出。そしてヴェネツィア包囲軍を大急ぎで南下させます。
そうこうしているとイタリアから講和の使者が・・・
Fra2_Kouhuku.jpg
「いっぱいプロヴァンスくれるみたいだけどどうせすぐに全部もらうからシチリア島あたりでガクブルしててね」、と限りなく頭の悪い素晴らしいお言葉で国王陛下は拒否され、戦争は継続です。
その頭の悪い素晴らしい国王の返事がイタリアに伝えられると怒りからか彼らは奮起し、20個師団をもってフィレンツェを三度攻撃してきました。
そして我が軍は大変情けない事に三度敗れました。しかし、ヴェネツィア包囲を行っていた軍がボローニャに南下を完了し、完全な数的優位を確保した我が軍はフィレンツェを取り戻すのではなく、フィレンツェに閉じ込め包囲し殲滅する作戦をとることにしました。

4月

作戦どおり我が軍はリミニ、ペルージャを占領し、フィレンツェにいたイタリア軍15個師団を包囲する事に成功。
Fra2_ita4gatu.jpg
そして15日7時、4方向、およそ40個師団による総攻撃が開始されました。およそ1日半の抵抗の後フィレンツェ軍は降伏。ついでと言ってはなんですがもう一つ包囲できていたペスカラも攻撃。こちらは1個師団しかいなかったためあっさり落ちました。
数々の包囲作戦の成功によりこの頃にはイタリアの陸軍数は21個師団まで落ち込みました。あと少しでケリがつきそうです・・・たぶん。

5月

1日にアフリカのVP都市ならびにイタリア半島制圧完了です。
Fra2_ita5gatu.jpg
とはいえ、まだシチリア島、そしてアルバニアが残っております。
そしてこれらは貧弱な海軍しかない我が国にとってはなかなかに攻めづらい場所であります。
空軍の助力を仰いで、なんとか早く制圧したいものです。
14日またまたイタリアが講和を申し込んでくるものの、やはり国王陛下は拒否。
ちなみに半島から陸沿いに行った場合、イタリア海軍が海峡海域に出現すると海峡乗り越えは一度キャンセルされてしまうため、とりあえず陸伝いに攻撃&空軍部隊の地上攻撃でパレルモからイタリア陸軍部隊が消えた事を確認した上で輸送船団での強襲上陸を敢行し、見事にパレルモ占領成功です。
あと残るVP都市はアルバニアのみになりました。

6月

輸送艦隊による強襲上陸により2日にアルバニアのVP都市ティラナを占領し、ここにイタリアは我が国に併合されることになりました。大変結構!
Fra2_Heigou.jpg
イタリア併合により我が国の基本ICは115に上昇し、また労働力も1日0.95増えるようになりました。
次はいよいよ憎きドイツの打倒でありますが、陸軍ならびに空軍は圧倒的な兵力差になっています。
独ソ戦がはじまるまでにどの程度迫れるかが今後の課題です。
しかし幸いな事に、海軍はイギリスにより壊滅させられたようで、このまま補充されなければキール等への海上上陸も狙える感じがします。
ゆえにこれからは陸空軍の頭数を揃える事並びに輸送船団の充実をはかります。

ソ連からえらく大味な貿易協定を提案してきました。
Fra3_so.jpg
エネルギー150て・・・

11月

ふと気づくと連合国各国との友好度が軒並み低下している事に気づきました。
資金には余裕があるのでしばらくはご機嫌伺いすることにします。

12月

ドイツの総陸軍師団数が200個師団を突破しました。
対する我が軍は160個師団・・・ソ連を味方(?)と考えれば十分な数ではありますが・・・。
しかし空軍は42個師団vs15個師団で( ´Д⊂ヽもうだめぽ
イタリア戦前からおこなっていたド・ゴールによる浸透強襲ドクトリンの研究がなんとか完了。
これで士気が+50%・・・少しは質的にも迫れたかしら・・・。

1942年〜1944年 王国の焦燥


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Last-modified: 2008-02-11 (月) 00:00:00 (4092d)