我が栄光 ドイツ民主共和国AAR

我々はいかにして事を為すべきか

 DDシナリオの開始日は1945年10月2日。まずは政体スライダーを民主制へと一歩進める。今後数年間は継続して民主制に寄せて行き、民主的な政体を目指すのだ。とはいえここから社会民主派まで引っ張るのにあと6年は掛かるのだ。遠いなあ。その頃には1951年になっているわけか。

 そして目標ってなんだっけ。ああそうだ、ソビエト連邦の打倒だ。そして我が東ドイツはIC42/28だったか。

 ………

 足らんわっ……!

 まるでっ……!

 工場だ工場。工場を建てよう。廃墟からの復活を成し遂げねば何をすることもできないのだ。早速国内の適当な場所に工場の建設を開始する。5〜6年くらいはひたすら重工業化に努めて力を蓄えよう。最低限、研究ラインが5本に達するまでは工業化を推し進めるのだ。使えぬ閣僚も更迭しておかねば。

 技術は産業系を主に研究していくことにする。それが一段落したら各種兵科の研究を充実させよう。ちなみに核については諦めることにした。1954年になれば適した研究者が登場するのだがさすがに登場が遅すぎる。更に原子炉を建造して十分な数の核兵器を揃えて開戦となれば1960年代にすらなりかねない。なので核はスルーしよう。

よーいドン

 時間が進み始めるや国際関係に続々と変化が表れた。

・1945年10月3日 ドイツ連邦共和国が連合国に加盟
・1945年10月7日 ギリシアが連合国から離脱
・1945年10月23日 イギリスがイラクに対する宗主権を放棄
・1945年10月25日 アルゼンチンが連合国から離脱
・1945年11月29日 ドミニカ共和国が連合国から離脱
・1945年12月11日 イギリスがドミニカ共和国に対する宗主権を放棄

 いきなり何やってんの連合国。ぼろぼろと離脱国を出しちゃって……
 そして12月6日にはアメリカ合衆国が日本に対する宗主権を放棄。

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 どうやらこの世界ではGHQが三ヶ月で日本を去ることになったらしい。ちゃんと復興できんのかね日本。

 ………

 あれ?

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 ………

 おいこら赤軍どこいった! 東西ドイツ国境がら空きじゃねーか! ちゃんと守る気あんのか。ないんだろうな。かくてゲーム開始から即座に赤軍は東欧から撤収し、バルト海沿岸防衛のタワーを建造し始めたのである。もういいよ二度と帰ってくんな。お前らなんかに頼らねーよバーヤバーヤ!

チャイナゲーム

 明けて1946年、チャイナゲームにソビエト連邦が参戦。もとい中国共産党が共産国に加盟。ここに蒋介石の運命は決した。DDの国民党には元から極悪なICマイナス補正が掛かっているので勝てるわけもないだろうが。

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 ちなみにこの数日後にスペイン国粋派とギリシアまで国民党に対して宣戦を布告したのがよくわからん。AIの挙動は複雑怪奇。特にギリシアは何がしたかったんだ。

 そしてこの年も同盟解消やら宗主権放棄といった出来事が続く。

・1946年1月28日 イギリスからエジプトが独立
・1946年2月23日 キューバが連合国から離脱
・1946年4月11日 オマーンが連合国から離脱
・1946年5月27日 イエメンが連合国から離脱
・1946年5月30日 シンチヤンが連合国に加盟
・1946年7月29日 フランスがレバノンに対する宗主権を放棄

 しかしこれらの出来事も基本的には小国がちょこちょこと動いている程度のものでしかなく、どうでもいいと一言で切り捨てられる範疇のものである。もうちょっとこう、ドラマティックな仲違いとかしてくれないものですかね。

早速インチキ炸裂

 開始から一年も経たぬ内に鉄鋼が尽きる。何せ宗主国のソビエト連邦様が資源を全然寄越さないのだ。これぞ属国の悲哀、これぞ栄光へと続く涙の道、と妄想の世紀っぽく呟いてみるものの、これは極めて勘弁願いたい事態である。いくらなんでもきつい、あまりにきつすぎる。工場が動かないと工場が建たないではないか。

 こうしたどうにもならなさを楽しむのが属国の醍醐味ではと言われれば確かにそうなのだが、今回に関してはこの制限を解除することにした。セーブしてからソ連を選んでゲーム開始、東ドイツを属国状態から解放するのだ。

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 これで東ドイツは自由だ! 万歳!
 あたた、いて、やめて、石をなげるのやめて!

 だいたいソ連が東ドイツに軍隊を駐留もさせていないということは相当締め付けが緩いに違いない。彼らは東ドイツに一定の自由を与えながら管理することにしたのだ! とでも思うことにしてプレイ続行。

 ともかくこれで他国と自由に貿易交渉ができる。すぐさま足りぬ資源を適当な国から調達し、資源不足は解消した。

 その後もちょこちょこと細かい出来事が起こり、赤い津波にズンドコ押し込まれる国民党の悲哀を尻目に1946年は過ぎていったのである。

・1946年10月19日 共産党がシーベイサンマを併合
・1946年10月19日 フランスがシリアに対する宗主権を放棄
・1946年11月11日 イギリスからヨルダンが独立

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共産国からの離脱

 1947年もやることは前年と大して変わりはない。ひたすら工場建設に勤しむのだ。が、このあたりでソビエト連邦と同盟し続けることへの不安をどうにかしたくなる。何せソ連は東ドイツに兵隊を駐留させていないのだから、西側諸国に宣戦布告されればそこで終わりなのだ。万が一にも国民党が連合国に泣きついたら非情に困ったことになる。そうして東西陣営の戦端が開かれてしまえば最前線の東ドイツなどあっさりと轢死してしまうだろう。バルト海沿岸から赤軍が前線へとやって来た頃にはベルリン陥落さようならというわけだ。

 そこで共産国から脱退すべくまずは国民党との和平を結ぶ。目下、共産党に押しまくられている蒋介石は敵が減るのなら何でもいいよとばかりに我が東ドイツとの原状回復講和に同意した。その直後に東ドイツはソビエト連邦に対して同盟からの脱退を通達。これで戦争に巻き込まれることはない。しばらくは引き籠もって内政をしていられるだろう。

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 ただしソ連に対しての通行許可は残しておいた。通行許可を得ている国に対して宣戦布告は不可能という仕様上、もしもソ連が通行許可を破棄すれば次に戦争の可能性があるということだ。つまり通行許可をセンサーとして残しておく。他の共産国に宣戦布告されてはどうしようもないので気休めもいいところだが。

熱烈ラブコール

 この頃になるとドイツ連邦共和国から友好度上昇のアプローチが頻繁に来る。これでもか、これでもかってくらいに。貿易に関しても比較的有利なレートで持ちかけてくる。これはもうあなたと合体したいという意志を感じずにはいられない。分かたれていても二人は一つなのだ! いやまあこちらとしてもICのために祖国統一のために合体したいのは山々なのだがね、そんなイベント作ってもいないし我々が一つとなるためには戦争して併合するしかないのじゃよ仕様的に。悲しいことだ。

ざくざく進むよ

 この年に完成した工場を足してようやく研究ラインが3本になる。プラスチックの研究も始まり我が東ドイツは着々と復興の道を歩んでいる。いいことだ。

 そうこうしている内に蒋ちゃん率いる国民党が海に叩き出されて台湾へと逃げ込んだ。まあそうなるわな。

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 9月には共産党が雲南を併合。
 他には何事もなく1947年が過ぎていった。

激烈に暇

 こうして1948年がやって来たものの暇で暇で仕方がない。工場建設と研究と貿易交渉をちまちまやっているくらいだ。そこでふと共産圏の面々に目をやってみると………

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 ちゃんと資源与えてやれよソ連。工場が全力で回っていないじゃねえか。やはり属国は悲惨だ。

 なお10月にはイギリスがビルマを独立させていた。

第一次中東戦争

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 さあ来ました血生臭いイベントが。どうするどうなる中東情勢。
 この事態を受けて約一ヶ月後、アラブ各国はイスラエルに向けて宣戦を布告。
 第一次中東戦争の開幕だ。

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 イスラエルがフルボッコにされて一瞬で終わった。
 つまらん。

我が栄光 1949-1951 パルチさん会議中


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3633d)