赤い嵐

赤い嵐1948 -赤色の夢の終わりに-

そして迎えた1948年1月1日。
ゲーム終了を告げるダイアログがポンと出てゲーム終了。

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HoI2は初完走でこの画面を見るのは始めてなんだが、Vicと同様にホントアッサリしたもんである。
ファンファーレとか何かあってもいいじゃんとか思ったりしないこともないが、これぐらいアッサリしてるのもまぁアリと言えばアリか。
そもそもクリアが目的のゲームじゃないしね。

エピローグ

ソビエトは戦争に勝った。ドイツにも、イギリスにも、フランスにも、イタリアにも、日本にも、そしてアメリカにも。
最終的に共産圏はアフリカ全土・ユーラシアの大半・アメリカ大陸の大部分を支配し、ソビエトを含めて61の国がひしめく超巨大な勢力圏となった。

ハワイに逃れたアメリカ合衆国の残骸は、オーストラリア・ニュージーランドと手を携え徹底抗戦を叫んでいたが、
少なくともソビエトと欧州にとって、もはや戦争とはどこか遠い海の向こうで多分行われているだろうという程度のものでしかなかった。

モスクワでは勝利を祝う軍事パレードが行われ、ソビエト各地と欧州全土から赤の広場に詰め掛けた人々の勝利を祝う歌声は、遠くトゥーラにまで響き渡ったという。

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♪Союз нерушимый республик свободных
  Сплотила навеки Великая русь♪

 
 

そして時は流れ1949年、モスクワでソビエトとその同盟国によってユーラシア・大西洋条約機構(UPATO)の結成が宣言された。
対外的には同盟国によって構成される軍事同盟を謳っていたが、実質的には有事の際にソビエトが全ての同盟国を指揮下に置く為のシステムであることは明らかだった。

UPATO軍最初の作戦は、未だ共産圏に対して敵対行動を続けるハワイ・オーストラリア・ニュージーランドに対する軍事制裁だった。

あとがき(と反省)

プレイしてていくつか気付いた点があったので、片端から並べていくと
・迎撃機はそんなに必要ない(12個も作ったが、ゲーム中ほとんど空港で遊んでいただけだった)

・原爆が使いたければ、「史実での年」に遅れることのないよう核開発を続けなければならない
(結局、原爆はゲーム終了までに実践投入できなかった)

・核のないミサイルは開発してもほとんど役に立たない。開発&生産は早く終わるので慌てて開発しなくても良い。

・戦車万歳

・アフリカは戦争する場所じゃない

・ソビエト征服プレイマジ目に悪い

最後二年はもうホント重くて重くて大変だった(ロードに15分以上平気でかかる)から、
なんかもう1947年なんか特にダレダレなプレイになっちゃったのは悔やまれる所。
気合入れてやったら最後ニュージーランドとアメリカくらい併合して終われたかもしれないかなぁと深く反省。

おわりに

AARが長期に渡って中断したことを深くお詫びすると共に、最後まで当AARにお付き合い頂いたことを読者の皆様方に深く感謝致します。

 
 

さて次はオーストリア帝国MODでAARでも書こうかな。

 
 
 
 

総天然色痛快赤色活劇「赤い嵐」 =完=


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Last-modified: 2008-02-11 (月) 00:00:00 (4092d)