大英帝国騒乱記AAR

1949年1月 スペイン凌辱

 英国の暴虐は止まらない。

 スペイン国粋派に服属を断られたイギリスは、間もなく遠征軍をポルトガル−スペイン国境に配置。スペインに対して一切の躊躇無しに宣戦を布告した。1949年1月1日のことである。

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 遠征軍は陸軍74個師団、海軍主力艦隊30隻で構成され、それを支える空軍も迎撃機はリスボンに配され航空優勢の確保を担い、また戦略爆撃航空隊の大半は英国本土の航空基地から直接スペイン領へと襲い掛かった。

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 主力たる機甲軍団はがら空きとなっていた国境地帯を猛烈な速度で駆け抜けて、瞬く間にスペイン首都マドリードへと肉薄した。そして1月7日、後続の歩兵の到着とマドリードの包囲を待ってからの集中攻撃を敢行。陸軍の過半を占める機甲軍は市街戦には到底向かないものであったが、およそ三倍数に上る圧倒的な戦力を以てこれを陥落させる。

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 またスペイン南部でもジブラルタルに駐留していた部隊との連携を図ることで、スペイン侵攻はどこまでもイギリス軍のペースで進行していく。12日には先行する機甲軍がバレンシアのスペイン軍を撤退に追い込み、スペインの南北分断も目前となった。

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 そして同14日、イギリスとスペイン国粋派の間で最初の和平交渉が行われた。王命により対スペイン交渉の全てを任されたイギリス側のジョスリン・エロール全権は、単純にして明快な要求をスペイン側に突き付けた。

ero.png 全面降伏以外はあらゆる条件を認めない。我が王は貴国の完全なる服属のみをお求めである。返答をお聞かせ願おうか。

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 実際は交渉でも何でもなく、ただの降伏勧告である。スペイン側はこのエロール全権の高圧的な態度と無体な要求に憤り、全員がその場で席を立ち第一回の交渉は五分と経たずにその場で決裂した。

 戦争は続行されイギリス軍は足を止めることなく地中海側に向けての進撃を再開する。その頃アフリカではスーダン及びナイジェリア、そしてフランスが現地のスペイン領に向けての侵攻を開始していた。前面で華々しく立ち回っていたのは確かにイギリスの遠征軍であったが、スペインが相手としているのは連合国という余りにも強大な勢力なのである。スペインは完全に包囲されていた。

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 同17日、今度はスペイン側からの要請で第二回の和平交渉が開かれた。スペイン側は彼らに出来る限りでの譲歩の姿勢を見せ、多くのスペイン領を連合国に割譲する旨をイギリス側に申し出た。

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 だが、それに対するイギリス側の態度は再びスペインを憤らせるのに充分なものであった。割譲される領土が列記された書面を一瞥したエロール全権は

ero.png 本国に取り次ぐ価値もない。貴君らは我らの要求を理解するだけの知性も持ち合わせてはいないというのか。

 と発言するや即座に席を立った。こうして第二回の交渉も五分と経たずにその場で決裂したのである。最早スペイン側も真実を悟るしかなかった。イギリス側の態度は、過大な要求を出してから徐々に妥協点を探るような性質など一欠片も帯びてはおらず、文字通り言葉通りに全面的な服従を要求しているのだということを。要求をはね除け続ければ、その先に待つのは確実な滅亡である。スペインの悲壮は増すばかりであった。イギリスは攻撃の手を全く緩めようとはしなかった。

 既にバレンシアも陥落しスペイン軍は各地にて分断された。孤立した部隊は次々と包囲殲滅の憂き目に遭い、海外領土まで同時に侵略されては本国を捨てて捲土重来を期すことすら望めない。それでも一部の師団は険しいピレネー山脈へと逃げ込み徹底抗戦の構えを見せたが、イギリスの精鋭山岳師団はそれを執拗に追撃する。そしてピレネーを越えた先の国境地帯にはフランス軍が続々と集結し、連合国は今にも南北両面からスペイン軍を挟み潰そうとしていた。

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 同28日、ついにスペインはイギリスからの降伏勧告を受諾した。かくて開戦から一月経たずしてスペインはイギリスの属国となったのである。この僅かの間にスペインの国土は完膚無きまでに荒れ果てた。言うまでもなくイギリス空軍戦略爆撃航空隊の仕業である。

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 しかしイギリスによる戦後処理は、戦時の苛烈さとは一転してスペインに寛大なものとなった。スペインの統治はこれまで通りフランコ将軍に任されることが決定し、それどころかジョージ六世王は英領ジブラルタルをスペインに返還する旨申し出たのである。この突然の申し出にフランコ将軍は目を剥いて驚きを露わとした。

g6.png ひとたび友邦となったからには余は全ての遺恨を忘れてスペインを厚く遇するつもりである。その証としてイギリスはジブラルタルをスペインに返還すると約束しよう。今後はスペインが連合国の一員として、余と共に世界の平和に尽くすことを期待する。

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 間もなくその言葉通りにジブラルタルはスペインに返還され、イギリスは寛大な支配者であることを内外に向けて積極的にアピールした。当然のことながらこのジブラルタル返還に対しては「スペインが裏切ったらどうするのだ」といった声も少なからず上がったが、ジョージ六世王はそうした反対意見を意に介さず己の決定を押し通した。

 ちなみに側近に対しては

g6.png まあ……裏切ったらジブラルタルごと吹き飛ばせばいいのではないか?

 という頭のネジが飛んだ発言をしていたことは国家の最高機密である。

1949年2月 緩やかに進む

g6.png うむ……連合国の版図も随分と広がったものだ。

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oz.png そうですね。えーと、この一年で加わった国は……順にアフガニスタン、ベルギー、トルコ、ギリシア、ポルトガル、ユーゴスラビア、ブルガリア、スペイン、と合計八ヶ国ですか。

oz.png 我が国が本格的な軍事行動を行っていた期間が二ヶ月か三ヶ月程度なのを考えれば充分な成果だと思いますよ。

oz.png しかし我が国の領土は相変わらずブリテン島の南半分だけですけど。

oz.png 一応セントヘレナとアイタペも所有してはいますが。

g6.png 無駄に領土を増やしても管理が面倒でたまらぬからな。

g6.png 返せる土地は返し、譲れる土地は譲る。それが王者の貫禄というものだ。

g6.png 余に付いてくる者には気前良く征服した土地を与えようではないか。

g6.png 土地を下賜された国が現地で略奪しようが搾取しようが余は一切関知せぬ。

g6.png 余の降伏勧告を受け容れぬような国は国土を徹底的に引き裂いてくれるわ。

ero.png 残虐な統治法だなあ……

oz.png んーで陛下、こっからどうされるおつもりで?

oz.png 日和見を決め込んでいる中立国はまだまだ沢山ありますよ。

g6.png とはいえ一つ一つ潰すのも面倒でたまらぬ。塗り絵作業は気が滅入るものだ。

oz.png そうですね。蹂躙するのは私も好きですが面倒は嫌いです。

g6.png ひとまずは軍を休め、本格的な対日戦にでも備えるとするか。

g6.png 装備の更新にも工業力を割り振る必要があるからな。

g6.png ドイツとソ連の出方も気になる。不意の宣戦を食らわぬよう奴らの機嫌も取っておけ。

ero.png 友好度高くても襲われる時は襲われますけどね。

g6.png それはそれで仕方があるまい。挑んで来るのならば受けて立つまでよ。

g6.png ああ、そうだ。後でチベットにでも宣戦布告をしておけ。

g6.png 宣戦後は山岳師団を現地に派遣しろ。

g6.png チベットを踏み潰したらそのまま中国西部に侵攻せよ。

g6.png 歩みは極端に遅いものとなるだろうが別に構わぬ。気長にやれ。

oz.png ういっす。

1949年3月 続・緩やかに進む

oz.png 陛下、陛下。インド軍が随分と頑張っていますよ。

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g6.png ……

g6.png 一歩進んだだけではないか。

oz.png とはいえあの辺りは一歩進むのも面倒ですし。

g6.png それもそうだがな。いちいちその程度で報告せんでもよい。

oz.png へーい。

1949年6月 続々々・緩やかに進む

ero.png 各国との外交関係が随分と改善してきました。

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g6.png 大変結構。

g6.png ま……背中から刺される時は刺されるが気休め程度になろう。

g6.png 余としては今彼らと戦端を開きたくは無いのだ。

g6.png イタリアなどは相手にならぬだろうが、ドイツも混ざると面倒なことになる。

g6.png 引き続きドイツに対しては接待を続けよ。

ero.png は。

g6.png チベットに対してはそろそろ宣戦を布告せよ。

g6.png 大義名分の作成は任せたぞ。

ero.png その仕事が一番きついんですよねえ……

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1949年8月 続々々々・緩やかに進む

oz.png えー、チベット戦線ですが何の問題もなくラサを目差して侵攻中です。

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oz.png 多少の抵抗はありますが相手になりません。空からも戦略爆撃機が襲い掛かりチベットの工業力は一瞬で壊滅しました。

g6.png 五流国が相手だといちいち経過を聞くのも億劫でたまらぬな。

oz.png あんまりな言い草ですね。ところでチベットが和平を申し出てますよ。

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oz.png 首都以外は全て割譲するそうですが。

g6.png 傀儡化以外は認めんよ。断固拒否だ。

oz.png でしょうなあ……

 
 
 
 

oz.png そして8月24日、哀れチベットはインドに併合されることとなりました。

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g6.png 結構。これで対日戦が楽になることだろう。

g6.png 進入路が大いに越したことはない。連合国は正面戦力比では優勢なのだから。

g6.png 現地の山岳師団はそのまま中国西部に向かえ。一歩一歩確実に攻め立てるのだ。

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g6.png そして頃合いを見て南下、いずれ派遣する仏領インドシナ遠征軍と合流させろ。

1949年12月 続々々々々・緩やかに進む

oz.png で、一気に12月と相成りました。

oz.png テンプラー大将麾下の山岳兵軍団はその後も順調に日本軍を退けて中国西部を踏破しております。

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g6.png 地道な戦いだな。大将もご苦労なことだ。

oz.png さりげに激戦が多いですよ。時には倍の数も相手にしていますし。

oz.png 攻撃に失敗して足を止められた場面も皆無ではありません。基本的には押してますけど。

g6.png 最初から全山岳師団を送り込めば良かったのかもしれないが、いつ仏領インドシナ奪回に向かうか決めかねていたからな。

g6.png 大将が帰国した暁には大いに労ってやらねばなるまい。

oz.png まあそれはそれとして……陛下、ついにアレが実戦配備されました。

g6.png ほう。アレとな。

oz.png は。大陸間戦略爆撃機でございます。

oz.png 作戦行動半径3000kmに達する脅威の航空兵器です。

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g6.png 素晴らしい……今後、我が国の戦略爆撃機は全てがこれとなるわけだな。

oz.png そういうことですね。実は我が国は戦略爆撃機をまだ8航空隊しか所有してなかったりもしますが。

g6.png 何? たったそれだけであったのか?

oz.png 中小国を焦土と化すならその程度でも充分ですからねえ。

oz.png 加えて今までは陸軍というか戦車を中心に生産していましたから。

oz.png 今後は余裕のある時に戦略爆撃機もきちんと生産いたしますよ。

g6.png そうしろ。たった8航空隊では大国相手にはあまりに数が足らぬわ。

g6.png ………

g6.png で、だ。

g6.png 閣僚陣の人選は終わったか?

oz.png まあ概ねは。

g6.png ではそろそろチャーチルに引導を渡してやるとするか。

大英帝国騒乱記 1949年 Part2 ささやかな粛清


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3479d)