大英帝国騒乱記AAR

1953年1〜3月 ワンサイドゲーム

 その後は当然のように一方的な蹂躙である。

 モスクワを奪ったイギリス軍はその余波を駆ってウクライナ領から放射状にソビエト軍を押し退け、またリガへと上陸したドイツ軍も次々と後続を送り込んではバルト沿岸地帯を制圧していく。

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 ソビエト連邦を取り囲む状況は絶望に絶望を上塗りし、それでも尚足りないと言える程のものであった。まず一つとして単純に連合国は強大である。イギリスを盟主としてソビエト連邦に直接牙剥く陸軍は少なく見積もっても1000師団を下ることはない。空軍に関しても比較をするのが馬鹿馬鹿しくなる程度には開きがある。

 次に、今やソビエト連邦には再起を可能とするだけの工業力が残されてはいなかった。西部の主要工業地帯を占領され、疎開した工場も戦略爆撃によって甚大な被害を受けていた。それでも現存する工場の全てを合算すればイタリアかあるいはフランス並の工業力に迫り、辛うじて大国と呼べる程度の国力は保持していたが、相手が相手だけに苦い平和を勝ち取って再軍備の後に捲土重来を期すような夢を見ることはできない。なぜならば、英国はこの戦争の行く先について「全面降伏か滅亡か」という二択をソビエト連邦に迫って憚らず、領土を割譲してそれで手打ちという苦い和平の道など最初から閉ざされていたのである。実際の交渉においてはイギリス側は「ソビエト連邦が武装解除に応じれば停戦する」という条件も提示していたが、武器を手放せばイギリスが即座の再宣戦に踏み切るであろうことは誰の目にも明白であった。今のイギリスとはそういう国なのだ。唯我独尊の鉄血女王が仕切る鋼の国家である。武装解除はともすれば降伏よりも悲惨な結果を招く選択肢であり、呑めるはずもなかった。

 そしてソビエト連邦は自重の重みに苦しんでいた。空爆によって師団が摩耗しようとも、これまで大規模な包囲殲滅を受けていないことから未だに多数の陸軍を有していたが、工業力を削られた今となってはその全軍に物資を行き渡らせることなど到底不可能であった。戦闘効率は著しく激減し、戦う度の敗退を余儀なくされていた。本格的反攻など望める状態ではない。

 さらに1953年3月、極めつけの悲報がソビエト連邦を襲った。これまで常に自軍劣勢の中を陣頭で戦い、同志達を鼓舞し続けたソビエト山賊団の首領ソビエト連邦の書記長、ヨシフ・スターリンの戦死である。

1953年3月 グッドバイ書記長

――於ソビエト連邦軍野戦陣地

stl.png おお゛ぃ……今かえったぞぉお……

mo2.png お帰りなさいませお頭……って、なんですかその傷は。

stl.png ん゛あ……ちょっとヘマこい゛ちまってなぁ……

stl.png 戦車に囲まれて、ボゴボゴにされたんだぁ……

mo2.png け、けど普段だったらそれくらいで傷なんか付かないじゃないですか!

stl.png そう゛なんだけどよぉ………

stl.png どうやら寿命みたい゛なんだぁ……だから、弱っちま゛ったの゛かなぁ……

mo2.png な……

stl.png すまね゛え……

stl.png おれっち、ここまでのようだぁ……

mo2.png そ、そんな……

stl.png ………

stl.png なあ゛……モロトフよぉ……

stl.png 俺……、つよ゛かったか……? かっこよ゛かったかぁ……?

mo2.png ……っ……

mo2.png もちろんですとも……っ!

mo2.png お頭よりもお強く、格好良い者など……この世にいるはずがありません!

stl.png そっかあ゛……

stl.png そいつぁ、嬉しい゛ぞぉ……

stl.png けど、悔しいなぁ……

stl.png ビッグ・ベンまで……行きたかった……なぁ゛……

stl.png …………

mo2.png ……お頭?

stl.png ………

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

sov00.png おいモロトフ、お頭の姿が見えないんだが……

sov01.png そろそろ戻られてもいい時間のはずだよな……

mo.png お頭なら……そこにいる。

mo.png 先程、眠るように息を引き取られた。

sov00.png は? 冗談は止せよ。

sov01.png そこにいるって……お頭みたいなでかい人がいりゃすぐにわかるだろが。

mo.png 足下をよく見ろ。

sov00.pngsov01.png へ……?

 

sts.png ………

 

mo.png お頭の遺体だ。

sov00.png …………

sov01.png …………

sov00.png うそぉ!?

sov01.png そういえば以前のおかしらはこれくらいのサイズだったよなあ……

sov00.png 確かにこのサイズでも元から強かったっけ……

sov01.png それがあのでかさになっちゃなあ……無敵だったわけだよ。

mo.png おいこら少しくらいは感傷に浸れよ! いろいろと台無しだろうが!

sov00.png いや、だって、これは。

sov01.png ミニマムすぎて、つい……

sts.png ………

 
 
 
 
 
 

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1953年3月以降 再起不能

 スターリン亡き後、ソビエト連邦にはフルシチョフ書記長を中心とした新体制が確立された。だが、体制が刷新されたからといって状況が好転するはずもなく、ソビエト連邦は滅亡への坂道をひたすらに転げ落ちて行く。ソ連軍の前線は今や完全に崩壊し、孤立した軍団は各所で包囲殲滅を余儀なくされ、イギリス軍はスターリングラードを黙視できる距離まで肉薄していた。

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 戦争の帰趨はとうに決して久しく、最早ソビエト連邦の敗北を疑う者はいない。連合国の戦勝点はこれでもかとばかりに積み上がり、全面降伏要求も妥当と思える範囲に戦果は拡大していた。しかしソビエト連邦は再三の降伏要求を拒否し、悲壮な覚悟で抗戦の継続を選択する。

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 3月下旬、イギリス軍は守備が手薄なレニングラードに対して空挺強襲作戦を敢行。34時間に及ぶ市街戦の末、レニングラードは陥落した。

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 そして5月に入りイギリス軍はスターリングラードを完全包囲。70師団を動員しての包囲攻撃を実行に移し、これを陥落せしめる。

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 かくてレニングラード、スターリングラードの重要都市を制圧したイギリス軍はいよいよ中央アジアへと足を踏み入れ、阻む者のいない平野の横断を開始した。狙うところはソビエト連邦ペルシア方面軍の分断である。

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 とはいえここまで来れば戦争というよりも戦後処理の段階に等しい。6月下旬に至りイギリス軍は中央アジアの制圧を一部の機械化歩兵軍団に任せ、軍主力は撤収を開始した。ある軍団は陸路でドーヴァー海峡を目指し、ある軍団はセヴァストポリへと向かい、それぞれ迎えの輸送艦隊に次々と乗船していった。

 だがユーラシアの大地を離れたそれらの軍団は、イギリス本国へと帰還することなく忽然と姿を消した。

大英帝国騒乱記 1953年 Part3 一方通行ハルマゲドン


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3595d)