ドイツAAR -EINLEITUNG-

第五章 バルバロッサ

次の作戦目標はもちろんソヴィエトである。戦争せずに済むならそうしたいものだが、
AI設定だかなんだかでどのみち開戦は回避できそうにないらしい。
対連合軍の直接戦線が無くなった今なら、全力を対ソヴィエトに注力できるだろう。

独ソ戦前の枢軸軍概要
ソヴィエトの様子.png

だが、兵力が決定的に足りていない。スパイの報告によると赤軍は歩兵師団228個、機甲師団が13個。
総数だけ見れば互角以上にも思えるのだが、戦闘に参加できない守備隊と役に立たない民兵、それに独ソ戦線など興味の埒外なイタリア軍を除けば戦力差は2倍ほど。
もちろん、機甲軍を重点生産した独軍なら防衛戦の突破は難しくないだろうが、歩兵が足りなければ広大な東部戦線の維持は難しい。…いや、どのみち機甲軍による機動的な作戦が必要になるから、戦線は広くてもいいのか?
というわけで、同盟国の増強と、腹背を狙うために中立国を狙う。

 

目標はスカンディナヴィアの一部となるフィンランド、そして黒海の入り口を軛しコーカサスへの回廊となるトルコである。…参戦国は増やさない方針なので、もちろん速攻併合を狙う。そもそもこの二国はソヴィエトにとって緩衝国家なので、侵攻すれば独ソ開戦は秒読みにはいる。

北欧戦線

8月20日、東部国境を固めた上で、フィンランドとトルコに対し宣戦を布告。
フィンランドのVPプロヴィンスは右画像で赤丸をつけた3カ所。空挺と機甲師団による強襲によって、24日フィンランドを併合。全領土はスカンディナヴィアに編入された。
ICが60を超え、スカンディナヴィアの研究ラインは4本になった。

 
トルコは山がちで占領に時間がかかる。特にトレビゾントは最も到達しにくい

だがトルコ戦線では、山がちな地形によって戦闘が長引く。イスタンブールには空挺降下が成功し早期に奪取、上陸した機甲師団がアンカラも落とすが、VPプロヴィンスのトブルグとガジアンテップは山岳地形。籠もる敵兵に手こずった上トルコ軍の残党にアンカラを奪回されたりと侵攻は困難を極める。

機甲師団と空挺師団を使い回し、最終的に併合に成功したのは9月29日。その後イギリス属国であるイラクも併合し、10月3日にオスマン帝国を成立させた。

独ソ戦線

10月15日、予想されていたことだがソヴィエトが我が国に宣戦を布告。思っていたよりも時間に余裕があったため、フィンランド、トルコ側ともに兵力の再配備は済んでおり、東部戦線も可能な限りの軍が配備されている。
どのみち冬になれば戦線はまともに動かないので、本格的に雪になる前に守りやすい線を作っておきたい。兵力がまだ圧倒的に少ないのだ。

海軍も、9月末に完成していた空母3隻を中心に編成されたドイツ第2艦隊をボスポラスから黒海へと回航していた。だがそのとき、嵐のガベス湾でフランス艦隊の生き残りに遭遇。必死に退避をはかるが、捕捉された空母クラウゼヴィッツが撃沈された。就航からひと月にもならずに。
※あまりのショックにスクリーンショットもありません。

アフリカ戦線

10月17日、何を考えたかギリシアがソヴィエトに宣戦を布告。ギリシアは連合入りしていたため、共産vs枢軸vs連合の三つどもえ大戦が始まった。

…といっても連合はすでに虫の息で、ソヴィエトとの戦線もないのでどうでもいいことではある。アフリカではイタリア&スペイン&ポルトガルのラテン三国にさえ塗り絵を許している。

同日ブルガリアまでソヴィエトに宣戦を布告。何考えてるんだろう。

10月23日、少ない兵力を補うためハンガリーを枢軸に入れる。案の定大量の援軍を押しつけてきたので前線に送る。

北方戦線では赤軍はまるでやる気がなく、冬の間専守防衛に徹するつもりで用意した重戦車付き戦車が無人のレニングラードまで進出。またロンメルとモーデルの機甲師団がカレリア全域を奪い赤軍を封じ込む。
これで白海を封鎖すればコーラに追い込んだ赤軍は枯れ死ぬはずなのだが、デーニッツの潜水艦隊を送り込んでも一向に物資が減らない。航行距離が近すぎるのか…?つーか氷点下の湿地は要塞レベルの防御能力で、強攻してもまるで損害を与えられない。

一方でソヴィエト-トルコ戦線は完全に膠着。そもそもが山岳戦になる上、やはりここでも兵力不足がたたって、トルコ領内からソヴィエト領に一歩も踏み込むことができない。仕方ないので山岳歩兵だけ貼り付けて残りの兵はとりあえずクリミアに上陸してみる。誰もいなかったし。
トルコを抑えるとカフカスに直行できるだけでなく、ダーダネルスを通れるから助かる。

12月7日、今更三国同盟イベントが発生。とりあえずイタリアだけと結ぶ。今回日本は蚊帳の外にいてもらう。
12月13日、ルーマニアを枢軸に入れる。もちろん歩兵目当てなのだが援軍がこない…。

このへんが攻勢限界だった

旧ポーランド東部を奪取し、ウクライナに入ったあたりで攻勢限界がきた。戦線の維持が難しくなり、機甲師団による起動防御もどきのマネをしてようやく防衛している。
12月27日、シャムを枢軸へ参加させる。アフリカ戦線でも総崩れとなっている連合は、総兵力は全部あわせても50個師団ない。シャムでもシンガポールと仏領インドシナを何とか出来るかもしれない。…出来ない場合…助ける余力が独ソ戦中にあるかなぁ…。我ながら早まったかもしれない。

12月30日、国民党と各軍閥がソヴィエトに宣戦布告。みんなそんなに筆ヒゲが嫌いか。
でも中国には日本を抑えておいて欲しい…。むしろ日本がソヴィエトに宣戦して欲しいんだけど。

適当に敵を敗走させ、空爆で削りつつ戦線を維持。2月13日、単独でソヴィエトにケンカふっかけてたブルガリアが枢軸に参加。
ここでピンとひらめいて同日、アフガニスタンに宣戦を布告した。思惑通りアフガンは連合に参加、それまでファニーウォーしてた連合・共産に直接戦線が発生した。これで、ソヴィエトはまさに全国境で包囲された格好になる。
中央アジアは山ばかりで動きは遅いだろうが、囮にはなるだろう。ビターピースが発生すれば赤軍は南へあふれるだろうから、それも期待したいところだ。歩兵を18ラインで作成開始。歩兵師団が出来る春を待って攻勢をかけることにして戦線を整理する。

コーカサスの蓋

雪解けを待ち4月7日、まずはスカンディナヴィア、コーラに追いつめた赤軍を撃破し殲滅、また長く侵入されていたセゲージャも奪う。
雪は解けたが中央部の戦線では泥濘に足を取られまだまともに動けない。先に南北の手薄な場所を叩くことにして、ロンメルとクライストの精鋭機甲軍をいきなりモスクワ北方アルハゲリンスクに上陸させ南下させる。
また、5月5日、大規模空挺降下によりコーカサス地方に蓋をすることに成功。こうなってしまえば、山岳地帯でも攻略は難しくない。が、移動に時間がかかるので、占領はオスマン兵に任せることにしてドイツ軍は別の戦線に移動する。

5月10日、無人になっていたキエフ攻略を端緒として、全面攻勢を再開する。各所で支援攻撃を利用した集中攻撃、敗走する敵への爆撃を繰り返しじりじりと攻めのぼる。だが赤軍は中央部へ兵力を積み重ね、ブルガリア・ハンガリーなどの援軍を主力とする中央南部の軍は侵攻を食い止められた。

モスクワ降下

そんな中、5月25日北方機甲師団が一気にモスクワ前面まで進出に成功。守備軍がわずか一個師団なのをみて攻撃してみたが、要塞化された市街地では戦車が全く役に立たず失敗。だが6月15日、レニングラードを発した空挺師団が降下、昼夜を分かたぬ阻止攻撃の援護を受けた空挺師団がついに占領に成功。赤軍は一気に崩れ始める。

バルト戦線.png

北部では旧エストニア領内で赤軍をバルト海に突き落とし、中央部ではマンシュタインとグデーリアンの機甲軍が突破に成功。
そして6月27日、スターリングラードから突進したモーデル機甲軍とモスクワを発したロンメルが合流。ドイツ軍の巨大な(あぎと)は前線にいた赤軍をまるごと飲み込んで閉じた。

閉じたあぎと
 
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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (4091d)