山西軍閥はこの先生きのこれるか

中国の盾、山西軍閥の生きのこりへの道

蒋介石包囲網も駄目
山西軍閥の長征も駄目
となると、やはり普通に日本軍を食い止める以外にない。

太原に要塞でも作って籠もろうかと考え、基本的建設でも研究するが・・・

Next ready at 1940年〜 
Series done at 1966年〜

は?終戦ってレベルじゃねーぞ!
まさか、ここまで遅いとは思わなんだ、話にならんわ!
なお、一応実験も兼ねて、盧溝橋まで続けてみると・・・
「日本軍は、その余裕はないという決定を、盧溝橋事件において下しました」
これはまた蒋介石包囲網をやれというお告げだろうか。しかし、日本が後ろから刺してくる気がしてならないので止めた。

ということで、要塞は諦めて、大人しく部隊でも作ることに。
技術は、基本的機械→基本的歩兵師団→基本的建設→集中火力ドクトリン 以下ずっと陸ドクトリン研究
スライダは、即効の効果ということで統制経済に向ける

山西軍閥は補給物資にICを取られがちだが、実は抜け道がある。DDからは同盟国の領地に師団を置くことで
補給なすりつけはできなくなったが、実は同盟国ではなく通行許可で通れる国なら以前のようになすりつけられる。
何かおかしい気がするが、これを利用しない手はない。

余ったICで国民不満度を減らし、民兵を大量生産する。
何で、民兵?と思われるかもしれないが、民兵は防御戦闘ならばそれなりの働きはする。
まず数を揃えて太原を落とせるものなら落としてみろ、ということである。

あとは、適当に眺めているだけだが、1937年に入ってみると何かがおかしい。広西戦争が起こっていない。
ということは、国民党は広州のIC12を手に入れてないということで、そうでなくても補給をなすりつけてるのに、大丈夫だろうか・・・

そうこうしてるうちに1937年6月盧溝橋。そろえた44個師団を太原に籠もらせて、騎兵師団だけは別働隊として迎撃準備完了である。
が、何かがおかしい。何だろうか。
ふと、隣の共産党に目をやってみる、別に何も変わっていない
広西軍閥に目をやる、何も変わっていない
雲南軍閥に目をやらなくてもわかる

このやろう、統一戦線組んでねえ!

これは困ったが、困ってもどうにもならない。とりあえず、密集攻撃で日本軍を追い返す、追い返す。

Xian20.JPG

なんだ、日本も大したことないなと9月までの感想だったが、10月に入ってふと右に目をやると、何と日本軍が。

Xian21.JPG

そうだ、上陸するんだった!何たる失敗か。
他の軍閥の支援を受けていない国民党は敗退し、太原に引きこもっていた山西軍閥は
なすすべもなくIC5がある済南は陥落した。
そして、翌年にはこうなる。

Xian22.JPG

これ以降山西軍閥は、基本的にただ眺めるしかなくなった上に
ICを全部傾けても、補給が徐々に磨り減るという事態に。
非常にまずい状況であるが、常徳が落ちない限り、太原は安泰だろう。

補給の方は、COMの援軍派遣を思い出して、逆に国民党に要らない部隊を押し付けることで何とか解決した。
しかし、弱体な国民党は徐々に押されていきそしてこうなった

Xian23.JPG

これは非常にまずいが、ここで動いたら、それこそ瞬殺である。
そしてこれ以降、度々包囲攻撃を繰り返す日本軍を紙一重で守る山西軍閥。
やることといったら、少ないICで戦力が消耗した師団に補充することだけであった。

どうせ、見てるだけしかできんのでnofogで戦況をみながら、何と1940年前もったが、急に画面が真っ暗に。
強制終了である。あぁ、しまったいつセーブしたかと思って、一年前の1939年のデータから再開すると。

奇跡的に毎回のごとくかわしていた太原の山西軍があっけなく敗退してしまった、あれは一夜の夢だったのか。
ということで、終了

ではなくて、蒋介石の馬鹿野郎がだらしがないのが悪かったので、やり直し。

中国の盾供〇垣招拡鏡犬残りへの軌跡 へ続く


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (4146d)