大東亜共栄圏への道

1946年

Das Dritte Reich が Sviet Union との戦いに敗れて、ヨーロッパは Stalinist 一色に染まりつつある。
トルーマンはさぞかし歯噛みしていることだろう。チャーチルも顔を顰めているかもしれない。
しかし、わがイザークは、実を言うとそれほど焦っていなかった。
何故なら、大東亜共栄圏は既に安定期に入っているからである。
そしてイザークは、これから亜細亜諸国を独立させるために、自国の工業力を増強することを提唱した。
これは列強諸国の植民地政策を踏襲してはならない、という考えからである。
我々には大義名分がある。最早、亜細亜の人々にとって侵略者とは連合諸国のことであった・・・。

1月

とまあ、冒頭のストーリーの通り今年は自国工業力の強化に努めようと思う。
覇権プレイもいいけど、このプレイの目的はあくまでも大東亜共栄圏の実現なので。

スライダーは Standing Army にスライド。
Canberra, Sydney, Brisbane で工場の建設を開始。
政治体制のお陰で、比較的早く工場が完成する予定。東亜諸国の独立の日も近い。多分。
後日、空母の建造が完了したので Melbourne でも工場の建設を開始した。

9月

最初の工場が稼動し始めたので、New Zealand を独立させる。
正直彼らの軍事力には期待しないが、自分の国くらいはちゃんと守ると思うのでそれを期待。
勿論、独立は大東亜共栄圏の実現という目的にも沿っている。

10月

輸送艦の生産が完了したので、Newcastle で工場の建設を開始。

1947年

ast_10.jpg

新西蘭の独立と大東亜共栄圏参加の表明は、全世界に大きな衝撃を与えた。
最早、大東亜共栄圏は名実ともに成立しつつあるのである。
しかしチャーチルとトルーマン、それにスターリンの三人はこれを面白く思ってなかった。
何故なら、チャーチルとトルーマンは亜細亜の植民地を諦めることが出来なかったし、
スターリンは自らの勢力圏を彼らに脅かされないだろうかと心配していたからである。
一方で我がイザークは、真珠湾攻略作戦の構想を練っていた。
現に、ウェーク島では既に作戦の準備が進められている。
太平洋の覇権が大東亜共栄圏の手に握られる日も近い・・・。

1月

新西蘭を独立させても、わが国は 52/43 の工業力を維持している。
そのほとんどを工場建設に注ぎ込んでいるので、インドネシアの独立も近々達成されるはず。
フィリピンは・・・肝心のマニラを帝国が手放そうとしないので無理かもしれない。
これは、取引材料となるプロヴィンスを手に入れろということなのだろうか。
・・・豪州陸軍の力で、果たしてどれだけ出来るのやら。

スライダーは今年も常備軍。量より質を、というのが我がイザークの方針です。
しかし、大陸の沿岸部に阿呆のようにユニットを積む我が同胞はどうにかならないのだろうか。
その兵力をペルシャに注ぎ込めば、あっという間に勝てるだろうに・・・。

10日、Itary が Soviet Union に併合される。ファシズムの終焉、ですな。遠き友邦、今までご苦労さん。

2月

New Zealand, 何故かやたらこちらに有利なレートで物資を提供してくれる。
資源が不足しているのだろうか?いずれにしろ、有難いことである。

4月

Karachi が陥落する。要塞を慌てて建設していたのだが、間に合わなかったか・・・。
これは、印度の陥落も時間の問題かもしれない。どうしたものか。

7月

旧オマーン、イエメン領に対する連合軍の侵攻が始まる。正直どうすることも出来ないので放棄。


トップ   編集 凍結解除 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-02-11 (月) 00:00:00 (4086d)