フランス−塹壕と要塞と

42年

去年の攻勢ではオーストリア方面においてやや前進したものの、多大な人的損害を被っており、戦線は膠着している。ただ我が軍とRAFの攻撃により一時は220個師団を数えたドイツの師団数は200となり、150個師団の我が国との差は縮まっている。
現在中央作戦立案ドクトリンの研究がようやく8割程度終了しており、春までには完成する見込みであり、そうなればかなり戦力の向上が期待される。また、浸透強襲ドクトリンの研究も行っており、こちらも夏には研究終了の見込みである。
順当に行けば初春までにはアメリカの対独宣戦、おそらくは今年春から夏にソ連の対独宣戦があると期待しており、これらにより敵戦力が分散したときに再度の攻勢をかける予定である。

少し気になるのはドイツがノルウェーに侵攻しておらず、日本も太平洋戦争を始めていないなど宣戦が少ないこと。米ソもこの流れに乗ると、非常に厳しい。

1月

悩んだが、1ポイント開放社会へ。独裁にずらせば消費財の需要が減るのだが、ドイツを倒した後ヨーロッパの開放イベントで大量の国々が独立する際に国民不満度が悲惨なことになる。
また、内務大臣を庶民の味方にして、人的資源の回復を図ることに。

フリードリヒスハーフェンを巡って数度の攻防戦。支援攻撃も含め双方60個師団程度でやりあう。

2月

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フリードリヒスハーフェンに敵を引き込み、撃破を繰り返す。

3月

25日
中央作戦立案ドクトリン完成。指揮統制が大幅に向上する。

30日

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工場で女性労働者が働く。労働力+100。ありがたや。

4月

アメリカが宣戦しないので様子を見てみたら、全然介入主義に偏っていない。
おまけに、ドイツの好戦性は29。
イギリスにも武器貸与していないようだし、今回のアメリカはとってもモンロー主義な感じ。

5月

オランダ方面にて小規模の攻勢に出る。
アムステルダム前面でドイツ機甲師団に行く手を阻まれ、6月までには撤退する。

7月4日

浸透強襲ドクトリンの研究完了。これを受け、8月には再び大規模な攻勢を開始することを決定。

8月

6日
オーストリア東部のグラーツに対し攻撃をかける。一時は突破しそうになったが、ウィーンから駆けつけてきた20個師団に行く手を阻まれる。しかし、敵の指揮統制にかなりのダメージを与えたので、浸透強襲の利点を生かしこちらの指揮統制が回復次第再攻撃をかける予定。

11日

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ソ連、対独宣戦。
大統領:同志スターリン万歳!早速、同志書記長に通信を送れ!
外務相:は、はあ、文面はどうしますか?
大統領:もちろん、”バカメ、バカメ、バカメ”だ。
外務相:は?
大統領:冗談だ。”拝啓、同志スターリンに置かれてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。この度は対独宣戦との知らせを聞き、フランス国民一同喜びに打ち震えております。この度の戦いは必ずやナチズムに対する思想的優越性を証明するものとなるでしょう。どうか貴殿と貴軍の健闘を祈ります。敬具。”
外務相:本当にこんなのでいいんですか?まあ、早速送らせます。

……おっと、私は何も言ってませんですよ?自由経済体制のフランスで共産主義を賛美するようなことは言いません。ただ、ファシストの独裁者ヒトラーと戦う同志として歓迎するだけです。もちろん、ナチズムに対する民主主義の”思想的優越性を証明”するでしょうしね。

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ソ連はドイツより141個師団も多い370個師団を保有、民兵もおらず、戦車の数でも互角なのでかなり頑張ってくれると期待。まあ、歩兵には18年型とかも混じっているだろうけどね!

これで後はアメリカがモンロー主義を捨ててくれれば完璧なのだが……無理だろうなあ。

12日
フィンランド、枢軸入り。

14日
ソ連が工場をシベリアに移転。むう、後の共産主義者どもとの決戦の際には不利だな。

開戦10日。ソ連軍は前線突破に成功した模様である。

27日
内務相:大統領閣下、一大事です!
大統領:何だね、騒々しい。ソ連の攻撃に呼応し我が軍は着々と戦果を拡大しておるのだ。いったい何の問題があるというのかね?
内務相:それが、我が国の徴兵可能な人間が枯渇しました。
大統領:何だと?!それは本当かね?しかし、まだ工場とかで働いているものもいるだろう。そいつらを徴兵できないのか?
内務相:そんなものはとっくに徴兵しております。ご存じのとおり、我が国は第1次大戦で大きな被害を受け元々徴兵可能な人間が少ないのですから。
大統領:ううむ、ならば仕方がない。今居る連中には死ぬまで働いて貰うしかなさそうだな。
内務相:はあ……。

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まあ、部隊はすでに充分居るし、生産ではなく、改良にICを回すと言うことで。

9月

7日
ハンガリー、ソ連に寝返る。
ルーマニアも寝返ろうとしたが、こちらはソ連が”たたきつぶしてくれる!”とのことで枢軸のまま。

11日
独ソ開戦1月。ソ連軍は破竹の勢いで快進撃を続けている。というか、快進撃過ぎ。すでにワルシャワも落ち、このままではドイツ領内になだれ込むのも時間の問題である。何故ドイツ軍はいつまでもこっちに戦力を貼り付けているのだ?少しは東部戦線にも回してくれ。

16日
ドイツ、ハンガリー併合。

10月

東部戦線はやや落ち着いてきており、ドイツ軍が戦線を立て直したようである。
これはすなわち我が国に対する戦力が減少したことを意味するので、フリードリヒスハーフェン方面において、全面的攻勢をかける。

11月

フリードリヒスハーフェン、ドルトムントで進軍する。

22日

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外交政策が提唱される。つうか、戦争中にこんな事言われてもね。まあ、政策を取り下げれば国民不満度が下がるのでよしとしよう。

12月

冬場に付き進軍速度が低下する。

28日
ブルガリア、今更枢軸入り。

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外交画面を見ていて気づいたのだが、ソ連に寝返ろうとしたが断られた所為でルーマニアがスターリン主義のまま枢軸になっている。ヒトラーはそれで良いのか?

30日
ブルガリア、ソ連に寝返る。……何がしたかったのだ、君は?

塹壕と要塞と−第5章


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Last-modified: 2008-02-11 (月) 00:00:00