ドイツ 総統の夜の○夢

はじめに

1939年1月2日時点の主要国IC比較
国家名ドイツイギリスアメリカフランスイタリアソ連日本中国国民党
実効/基礎198/171184/147218/335105/8795/65357/223140/8893/66
前年比+44+29+13+18±0+43+5-4

 基礎ICのアメリカ、実効ICのソ連の二台巨頭が出現した。3番手は我がドイツ。オーストリア、ズデーテン地方の併合・割譲が大幅増の要因となった。イギリスは平和補正が抜けはじめてきた。基礎ICの変化は未だない。日中戦争により日本と中国国民党のICも目まぐるしく変化。だが、戦況は僅かに日本有利に傾いてきたようだ。

資源収支表(日産)
エネルギー鉄鋼希少資源石油労働力
-0.8-7.4-0.0636.690.64

 ソ連との貿易が滞り始めた。理由はよく分からないが、備蓄を食いつぶし何とか凌いでいる。オーストリア、ズデーテン地方のおかげで労働力は0.64/dayまで増加した。

 軍比較表は8月に載せることとする。

 なお、今年からかなりマジメに書くので、何かのネタを期待しないでほしい。でも入れるあたりが作者(匠)の活きな計らい。

1月

 内政スライダーを中央計画経済にスライドする。

 ヒャルマー・シャハト辞任イベント。総統はシャハトの続投を選んだ。また、総統は情報大臣をIC+5%のハンス・オスター、内務大臣をハインリヒ・ヒムラーに変更した。SS長官のヒムラーの内務大臣就任は、より政権のナチス色を濃くしていく。

3月

 総統は逼迫するチェコ問題について、チェコ大統領ハーハにドイツでの直接協議を行いたいと打診した。大統領ハーハは訪れたドイツ・ベルリンで、一国の代表にとるべきではない恐喝・脅迫を受ける。総統は、進駐準備ができていること、ティソ率いる武装組織の蜂起は避けられない状況であることをハーハに伝えた。
 また、この協議ではゲッベルス、ヒムラーも同席した。ゲッベルスは強い口調でハーハに決断を迫った。

ゲッベルス.png頼みとする英仏はミュンヘン協定を見れば、どう動くかは容易にわかるでしょう。そして私たちの動きも!

 ゲッベルスは机をバンッ!っと叩いた。すでに総統は席を外していた。一瞬の静寂の中、骨董品である置時計の針を刻む音だけが部屋を支配する。

ハーハ.pngわかりました・・・・・・

 そういい終わるとハーハは力の抜けた操り人形のように椅子の背もたれに倒れた。即日、チェコ地方をドイツに、スロバキア地方をハンガリーに分割することを了承する協定にサインをした。ヒトラーはまんまとチェコを手に入れることに成功した。スロバキア地方を割譲されたハンガリーは、この一件でドイツと同盟を結ぶ。だが、事件は確実に英仏を刺激していた。

0001.png

ヒトラー.png止まらないぜCome on!

ハーハ.pngHa〜Ha!

 総統は、またリトアニア政府に対しメーメル割譲を迫った。軍事的恫喝に、耐えられなくなったリトアニア政府はメーメル割譲を了承した。次の標的は言うまでもなくポーランドだった。だが、チェンバレンはこの問題で先手を打った。

3/30

0002.png

 イギリスはポーランド国境線を保障した。ポーランドはイギリスとの同盟に踏み切り、ドイツを強烈に牽制した。だが、総統はこれをある程度予期していた。そしてその対策も既に打ってあった。ソ連でモロトフ外相と秘密協議中のリッペントロップからは、ソ連との秘密不可侵条約、そしてポーランド分割案について、かなりの前進を見ていると報告を受けていたからだ。イデオロギー上、最大の敵であるソ連との秘密協定というウルトラCは後に世界中を驚愕させることとなる・・・・・・。

8月

 ドイツ・ポーランド国境線は日に日に緊張を増していく。ドイツ軍はポーランド侵攻作戦「白い場合」に基づき、当初の予定に加え、ハンガリー軍を参加させることで、ポーランド軍に長く薄い防衛線を強いさせた。また、機動兵力をオッペルンの南方軍集団に多く配置し、早期に敵前線兵力包囲を確実なものとすること、空軍の直接支援をポズナニ地方に集中させることも合わせて決定された。
 だが、この時点でのドイツ、ポーランド軍の戦力比は、歩兵の数ではほぼ同等となっていた。包囲作戦の成否が作戦の行方を左右するのだ。ポーランド侵攻作戦については別記したいと思う。

8/7

0003.png

 首都ベルリンでナチスの党大会が行われた。無論、これはポーランド、そして英仏への牽制として行われたものであった。総統は10万人を越えるナチス支持者を前にこう演説を行った。

ヒトラー.png

 全ドイツ民族の悲願となる失われたドイツの回復はもはや目の前にある。私はここに誓う。ドイツはドイツのものだ。決してイギリス人のものでもなければフランス人のものでもない!ましてやポーランド人は悪辣な手段でドイツを“占領”しているのだ!更にポーランドは、イギリスの独立保障を盾に、ただいたずらに独立しており、大ドイツ帝国の建設になんら益をもたらさない!彼らはドイツ民族のの明日への道をふさぐものに過ぎない!

 私はやり遂げる。そして、我ら偉大な民族は、必ずや悲願をやり遂げる!ドイツに抗う者を全て倒すだろう。同胞を!我らの同胞を助けよ!国家社会主義党と我らが国防軍に栄光あれ!

「ハイル!」「ハイル!」

 会場にいるナチス支持者は震えていた。彼らは、自身らが行う未来への業を背負いなお、自らの信じる道を進むことを決めた。ドイツとポーランドの衝突は不可避となった。

8/24

 独ソ間で遂に不可侵条約が結ばれた。舞台は整ったのである。あとは役者が揃えばショーが始まる。それはあまりに甘美な、そして余りにも残酷な長きショーとなるだろう。だが、もはや後戻りはできないのだ。国防軍はドイツの明日を自らの手で、ドイツの領土を自らの血であがなっていくのだ。それが、正しいことなのかどうかは、後世の歴史家が判断すればよい。

8/30

 ポーランドは、ダンツィヒ回廊上の旧ドイツ領の返還を拒否した。断固とした抵抗を見するとリッベントロップ外相に伝えて。総統は国会議事堂で宣言した。グライヴィッツ事件その他21件のポーランドの工作はドイツの自衛を脅かすものであると。ドイツは自衛権を行使、即日ポーランド、イギリス、フランスその他連合国に宣戦を布告した。第二次世界大戦の始まりである。

ドイツ 総統の夜の○夢 ポーランド侵攻作戦

9月

 ポーランドはソ連の不意の侵攻を受け壊滅した。1ヶ月ともたずしてポーランドは独ソに東西を分割された。だが、その隙を突いたフランス軍の南ドイツ侵攻は着々と進んでいた。総統は徹底抗戦を指令した。今こそ我がドイツ民族の力を結集して祖国を蹂躙する悪辣なフランス人を撃退すべきと。フランス反攻作戦については別記したい。

ドイツ 総統の夜の○夢 フランス反攻作戦

11月

11/2

 フランスの敗色が濃くなるにつれ、イタリアの動向が注目されるようになった。総統はムッソリーニに同盟を打診。イタリア軍部内では現状の軍でイギリスには勝てないという慎重派と、この機に乗じて勢力を拡大すべしという強硬派で意見が対立。結局、強硬派であるムッソリーニが参戦を決断。イタリアは連合国に宣戦を布告した。ムッソリーニは直ちに在リビアイタリア軍にエジプトへの侵攻を指示した。なお、慎重派の重鎮であったバルボ元帥がリビアへ向かう途中の飛行機で味方の「誤射」を受け死亡した。

0004.png

 フランスのペタン元帥が首相職を委譲、ヴィシーフランス政府が成立し、第三共和制はここに崩壊した。ヴィシー政権はドイツに休戦協定を結ぶ用意があると伝える。総統はこれを受諾した。休戦協定の締結される場所は、21年前にドイツが屈辱的な休戦協定を結ばされたコンピエーニュの森の列車内、今度はフランスがその屈辱を受けることとなった。長き戦いはつかの休息を迎えた。遂にドイツは旧領を回復した。総統は万感の思いでパリに入城した。

 だが、新たな侵攻作戦は既に計画されていた。枢軸同盟に入るを良しとしないベネルクス三国を屈服させるために。

 ベルリンでは雪が降ったという。今はこの雪だけが戦士たちの体を休めてくれる。更なる戦いに備えて・・・・・・

〜つづく〜

0005.png

メタクサス.png 閣下、カヴァラにイギリス軍が上陸してきました!

ゲオルギオス2世.png 上陸だァ!?コノヤロウ!テメェが上陸しろよ!

〜たまげたなぁ〜


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Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3541d)