ドイツ 総統の夜の○夢

はじめに

1943年1月1日時点の主要国IC比較
国家名ドイツイギリスアメリカイタリアソ連日本中国国民党
実効/基礎284/270221/147545/36399/71211/128156/89108/78
前年比-20-2+236+2-135+9+9

 独ソ戦が終結したことでソ連のICは大幅減となった。ドイツも戦後処理によりICを減らしている。アメリカが連合入りしたことで、200以上もICが増加した。

1943年1月1日時点の枢軸国軍

0001.png

1943年1月1日時点の敵軍比較
国家名イギリスアメリカソ連
スパイ人数101010
歩兵師団966796
機甲師団1395
戦闘機系27170
爆撃機系792
戦艦19213
空母14160
巡洋戦艦300
小型艦艇16218425

 独ソ戦に敗北したソ連が大幅に戦力を失った一方で、戦闘に巻き込まれていない米英が戦力を拡大させつつある。特にアメリカの空母保有数が世界一になった。

2月

 決して手抜きをしてる訳ではない。単に特筆すべき事件がなかったから省略したんだ。ほんとだよ?

2.24

0002.png

 中国国民党が遂に大陸統一に動き出した。国民党が「国民への思想強制・扇動の阻止」という、ワケの分からない理由を口実に中国共産党に宣戦を布告した。明らかにこの行動は常軌を逸したものであったが、ドイツはこの件に関して取り立てて反応を示さなかった。日本はこれを中国大陸への再介入の口実になると期待していたが、ドイツは中国よりもイギリスに関心が向いていた。蒋介石もドイツを刺激しないよう、希少資源や石油をドイツに提供するなど事前に周到な根回しをしていた。
 国民党のこの横暴ともいえる宣戦布告は、中国の各軍閥が結託し反抗するには十分すぎる刺激であった。シンチヤン・広西軍閥が共産党側に立って国民党と戦闘状態に入った。前年にユンナンが国民党の支配下に入ったことに両政府とも危機感を覚えており、今回の共産党への攻撃が国民党へ反旗を翻すことに繋がった。中国大陸は再び内戦状態に突入した。なお、親国民党のシーベイサンマは事態を静観、情勢を見守ることとした。

0003.png

2.28

 南方進出を狙う日本がアメリカの強力な支援を受けたフィリピンを降伏させることに成功した。だが、アメリカ海軍がニューギニア・マリアナなどに跋扈するようになると日本はフィリピン以南の攻略を諦めざるを得なかった。
 そこで日本は方針を転換、インド方面への進出を図った。対中ソ戦に投入されていた陸軍をビルマ方面に送りこみ、在印イギリス軍を圧迫していった。タイ軍と協調した攻勢は順調に進んでいった。

0004.png

4.4

 各方面で優勢に立ち、内戦の主導権を握った国民党は中立国であったチベットに侵攻を開始した。この蛮行に日本は国民党を強く非難、ドイツにも国民党に圧力を掛けるよう説得を試みたが、総統は一貫して中国大陸への不介入の姿勢を貫いた。

7月

 いや、ほんとに何もしてないんだって。ほんとだよ!

7.16

0005.png

 国民党が遂に共産党を下した。共産党は山岳地帯に立て篭もり必死の抵抗を試みたが、国民党の軍隊は最早寄せ集めの私兵集団ではなく、優秀なドクトリンと最新装備に支えられた世界有数の軍隊へと成長していた。小規模ながら空軍・海軍も今回の内戦で投入され、質・数ともに反国民党連合は圧倒されていった。反国民党の旗手でもあった共産党が滅亡したことで、大勢はほぼ決した形となった。
 8月20日、突如シーベイサンマが反国民党連合に加盟するも政権内部の国民党派が政権を奪取、22日に国民党の傘下に入った。チベットも翌日23日に武力併合された。残る反国民党勢力はシンチヤンただ一つとなった。

8月

 かねてより総統はイレギュラー因子、中立国の存在を疎ましく思っていた。スウェーデン・スイス・ポルトガル・トルコ・サウジアラビアなど、未だこの大戦に巻き込まれていない中立国は、連合・枢軸どちらにも入らず静観の姿勢を崩さなかった。総統は武力によってこれらの国を屈服させることを決めた。
 イギリス本土侵攻を成功させるためとはいえ、神経質になりすぎていた総統に批判の声もあったが、対ソ戦の勝利により国民から熱狂的な支持を得ている総統は自分の意見を突きとおした。

8.12

 枢軸各国は中東・サウジアラビアに宣戦を布告した。宣戦理由など最早必要なかった。中立であることが悪であり、枢軸以外は敵という超排他的思想がヨーロッパに広がりつつあった。サウジアラビア攻略はイタリア軍の担当となった。サウジアラビアは10月11日に併合され、イタリアの支配下となった。

0006.png

8.15

0007.png

 サウジアラビアへの侵攻に続き、ドイツはスイスへも侵攻を開始した。圧倒的な兵力によってスイス軍を撃退し、1週間足らずで併合した。ヨーロッパの中立国各国はこのドイツの行動に恐怖を覚えた。

11月

11.11

 ドイツは次なる標的としてトルコを選んだ。選り抜きの機動兵力でトルコ東部から侵攻を開始した。だが、この戦闘でシリアはトルコ軍の侵入を許してしまう。ドイツはシリアがトルコに併合されることを恐れ、亡命先として旧デンマーク・オーデンセを提供した。ここに第二のトロピコが誕生した。

ヒトラー.png ただ、草ばかりを見ているだけでは国民は満足しません。今必要なのは、娯楽です・・・。

0008.png

12月

0009.png

 日本のインド進出は成功した。イギリス軍はペルシアのイタリア・イラク軍を意識するあまりに日本軍への備えを疎かにしてしまった。アメリカ軍の援軍によりなんとかパキスタンを維持してはいたが、インドの失陥はイギリスにとって、そしてチャーチル政権に大きな痛手となりそうだ。(新聞記事風)
 そして国民党が遂にシンチヤンを併合、中国軍閥は国民党の下に統一された。これによりICは150にまで到達し、名実ともに大国となった。だが、眠れる獅子は完全なる目覚めを求めていた。失われた領土を取り戻すために、中国8億の民の未来のために、蒋介石は悲壮の決意で新年を迎える・・・。

12.22

0010.png

 シリアは枢軸に愛想を尽かし、なんと自由フランスへと寝返った。旧シリア領はトルコ、ゴランがフランスに支配されることとなった。なお、ご丁寧にもシリア政府はオーゼンセをドイツに返還した。大国に翻弄されるがままの零細国家が初めて意地を見せた事件となった。なお総統が烈火の如くキレたのは言うまでもないだろう。
 総統の命令により、見せしめとしてダマスカスが戦略爆撃により火の海となった。この悪魔的所業にイラクなどのイスラム諸国が激怒したがドイツはとうとう、この件について謝罪することはなかった。

12.30

0011.png

 かねてよりレーダー海軍提督が要望していた航空母艦の建艦が開始された。レーダー提督は日本の海軍技術をふんだんに取り入れた、洗練された最新式航空母艦を「グラーフ・ツェッペリン級」と呼称し、合計10隻という大規模な建艦計画がスタートした。だが、この建艦計画は後の情勢の変化に大きく乱されていくようになる。

レーダー.png ヴォースゲー!ちきしょう誰かに見せてやりテェよ

ヒトラー.png 手抜き臭がするが、気のせいか?

ゲーリング.png ほんと何も無かったらしいので、許してあげてください。これでもかなり頑張って内容を捏造脚色したらしいですから。

〜つづく〜


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-02-12 (火) 00:00:00 (3541d)